田舎暮らし3年で「罠猟師」への道!(1)
都会生活に疲れ、田舎暮らしに安寧を求めたノンフィクションライター・清泉亮氏。移住から3年、新たな歩みを始めていた。近年、その存在が注目されている「猟師」への道。まずは免許を取るべく、国家試験に挑んだのである。
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深夜、毛布を羽織り、静かにウッドデッキに出てみると、新月の晩にもかかわらず、地上には木立の濃い影。天の川の星明りだ。不意に視線を感じ振り向けば、角を持つ見事な巨鹿がこちらをじっと見つめている。田舎暮らしを始めてから3度目の冬を迎えようとする晩秋、野生の逞しさと向き合いたくなった私は、ついにある決心をした。そうだ、猟師になろう――。
■“シルブプレ”な存在、猟師
日本の山間部は今、過去に例のない「食害」に怯えている。秋の収穫期を迎えると、鹿の群れが夜な夜な集落を襲い、収穫前の実り豊かな田畑を食い荒らす。
野生の鹿は人家付近にまで現れ出る
もちろん、農民も防戦には余念ない。車一台、ひと一人が通るのがやっとの集落の道にも、競うように電気ショックのワイヤーを張り巡らせていく。八ヶ岳南麓で今や最も増加しているのは移住者ではなく、太陽光パネルか、電気柵だ。
だが、電気柵はいわば「守り」の手。そこで、これまでにない熱い視線を注がれているのが、駆除という「攻め」を担う、狩猟免許を持つハンターなのだ。「これまでは撃った散弾銃が子供に当たる事故なんかがやっぱり起きちゃって。数年前にも一度……」(地元猟師)などと、危ない趣味を持つ一団と見られ白眼視されることもあったが、鹿、猪、ウサギにキジと、フランス語転じて今や地産地消の代名詞ともなりつつある「ジビエ料理」を支える猟師は、名実ともに“シルブプレ”な存在になりつつある。
それならばと、ついに狩猟免許取得へと向かった。
■しつこく尋ねられる、飲酒運転での検挙歴
思い立ったが吉日と、県の林務環境事務所を訪ねると、ちょうど間もなく試験の受付が始まるという。
願書には、精神疾患がないことの診断書を添付しなければならない。
地元診療所に駆け込むと、老医師による問診が始まった。互いに顔見知りの地元民ならば躊躇なくハンコを付くのだろうが、移住者だと分かるや、こちらの顔色を窺いつつの根掘り葉掘りの問答が始まった。
最大のポイントは前科の有無。なかでも……。
「飲酒運転での逮捕歴は絶対にありませんね」
と執拗に食い下がる。
山梨は飲酒運転の検挙と事故が全国でもワーストに近い。それもそうだろう。県の運転免許センターで働く元警察官みずから、
「結局、足がねーと帰れねー土地だからな。なかには一杯ひっかけねーとまっすぐ走れねーなんていう爺様もいっからな。かっかっ」
と、場違いな話を繰り広げる。だが、それゆえに事故は絶えない。左右確認さえしないまま、いけるとみるや対向車線へ飛び出す無謀運転は日常茶飯事。そんな悪癖も、山梨県下では「マイルール」と称し、県民性と言わんばかりで、悪びれる者はいない。
それゆえか、診療所の老医師は、飲酒運転での検挙歴の有無を再三尋ねてくる。
なおもこちらの氏素性を尋ねあぐねている様子に、助け舟を出す。
「先生、すぐそこに国語学者の金田一春彦記念図書館ってございますね。彼は東京は文京区の生まれですがね、私はその金田一さんと同郷でして……」
04年に甲府市で没した金田一は、山梨県大泉村(現北杜市)に別荘を構え、名誉村民として地元では名士のような存在。何代にも亘り集落で医師の家系を営む長老先生は、その名前を聞いてようやく安心したのか、「じゃあ、結構ですっ」と、唐突に決断し、無事に診断書を拝受できた。
■試験対策はどうすれば
次に待ちうけるのは、運命の選択だ。猟師と聞けば、皆が皆、山で鉄砲をぶっ放しているかのように思えるが、実は銃猟以外にも、巧みな技を必要とする網猟と罠猟の二つがある。アメリカで七面鳥狩りなどをやったことはあったが、銃弾を放ったときの反動には恐怖心が残った。そこで選んだのが、動物との知恵比べが楽しめそうな「罠猟」である。猟師とはいえ、罠猟を専らにする者は「罠師」と呼ばれるのだ。ところが、果たしてどのような問題が出るのか、試験対策さえさっぱり想像もつかない。再び林務環境事務所を訪ねると、
「こちらを受講してください。受講すれば大丈夫です」
山梨県猟友会の事前講習会の案内と受講料の振り込み先を突き出す担当者の女性に、思わず返した。
「あっ、いや、過去問とかは……」
「とにかく、こちらを受ければ大丈夫です。過去問もこの講習会を受ければお渡しできます」
とにかく猟友会の事前講習会をと繰り返し斡旋するだけの女性職員を前に、役所では過去問さえ渡さないのか、と首を傾げながらも、講習料6000円を握りしめ、ATMへと走ったのだった。
試験日は3カ月後の1月下旬。講習料を振り込むと、年末、猟友会から受講票が送られてきたが、事前講習会は試験のわずか2週間前。その間、いったいどのような準備をしたらいいのかもわからず不安を募らせていたある日、山中の林道で知り合った、地元猟友会の人間に尋ねてみた。
「あー、だいじょーぶ、だいじょーぶ、かんたん、かんたんっ」
と、銃を背負いながらも、軽トラの運転さえ危ういのではないかと思える老猟師はこともなげに答えるではないか。
事前講習会を受けることを告げ、問われるがままに名前を教えると、
「よしっ、わかったっ、もう大丈夫。よくよく言っておくからっ」
と頼もしく叫びながら、冬のカラマツ林のなかへと姿を消したのであった。何が「もう大丈夫」なのか、一層不安を募らせる結果となった私は、試験日当日にその「ワケ」を目の当たりにすることとなるのだった。
「特別読物 国家試験に一発合格のカラクリ! 田舎暮らし3年で『罠猟師』への道!――清泉亮(ノンフィクションライター)」より