鹿肉の「おすそわけ」を怠って、税務署にタレこまれる 〈田舎暮らし3年で「罠猟師」への道!(2)〉

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鹿一頭の駆除に2万円もの報奨金を出す自治体もあるのだとか

 田舎暮らし3年目のノンフィクションライター・清泉亮氏が目指すのは、「罠猟師」。狩猟免許取得のための試験対策法を林務環境事務所に訪ねても、「こちらを受講してください」と山梨県猟友会の事前講習会を勧められるばかり。首を傾げながらも、清泉氏は講習料6000円を支払った。

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 かくして正月明けの週末、事前講習会当日。9時からの開講を前に、甲府市内の県庁脇の講堂には早朝から異様な加齢臭が籠っていた。それもそうだろう。私も含めてオスばかり、しかも中高年ばかりが大挙して集っているのだ。だが、そのなかに、赤や黄、緑のカラフルなダウンジャケットがちらほら花を咲かせている。

 罠師希望者だけでも100人を超えた加齢臭のルツボに消臭剤よろしく現れた一群は「狩猟女子」、今風に呼べばハンターガールたちであった。

 丸の内OLのような目張りの効いた化粧とは無縁のスッピンの彼女たちに、射抜くようなまなざしを向け“検証”するも、その透き通った肌年齢は20代である。

 真横にも、若い女性がいささか落着きのない挙措で不安気に座っている。なぜこんな若い女性たちが猟師に、という疑問が押さえきれなくなった私は、気づけば取材病を再発させていた。

■会場で出会ったハンターガールの言

 まずは、廊下で声をかけたA子――。こちらは、神奈川生まれで小淵沢に移住してきた四十路手前の、都会では「熟女のさかり」だが、山では「まだまだいける妙齢」女子。日頃は小淵沢のアウトレットで働き、夜は親が持っていた山小屋にミニチュアダックスフンドの恋人と“ニ人暮らし”とか。昨今、自宅の周囲に作った野菜畑や花壇を鹿や猪が踏み荒らすために、罠師の免許をとって自ら駆除に乗り出すことにしたという。

 次に山梨生まれの地元っ子のB子――。

「今回は集落の若手女子に声がかかったっていうか、半ば無理やり。受講料や受験料も補助してくれるっていうから」

 なるほど、それゆえに、猟友会の女性職員が、ひとりひとりの名前が入った領収書を配っていたわけだ。

 B子が教えるには、鹿一頭の駆除に2万円もの報奨金を出す自治体もあるのだとか。強者(つわもの)になると、年間、100頭近くを駆除する者もいるのだという。だが、B子は声を潜めた。

「でも、その人、村の議員やってたから。駆除の報奨金だけで200万近く稼いでるのに、税金を申告してなかったから、うちのおじいちゃんとか怒っちゃって、税務署にチクっちゃって……でも、おじいちゃんが怒った一番の理由は、そのひとが鹿肉を分けてこないからなんですっ。鹿の赤肉っておいしくて。本当は生じゃ食べちゃだめなんだけど、やっぱりおじいちゃんとかの世代は、新鮮な赤肉をサシ(生)で食べるおいしさを知ってるからっ。あはっ」

 若い女子と歓談する声にじっと耳をそばだてているのか、心なしか、周囲のざわめきが収まり、嫉妬混じりの静寂が支配する。

 だが、集落が若い女性をも駆り出して資格を取らせようとするのには別の理由もあるようだった。15年から、行政は鹿駆除を組織化するために、駆除そのものを事業認定する、その名も「認定鳥獣捕獲等事業者制度」を始めたのだ。これによって、法人や団体、あるいは企業が「事業」として捕獲・駆除を行えるようになった。ここを商機ととらえた集落や地元猟友会は、登録メンバーの層を厚くし、歴史的なチャンス到来を我が物にしようといきり立っていたのだ。

■なまりがきつく……

 最初は「狩猟のマナー」の講義だが、耳に強く残ったのは、講師が強調する「おすそ分け」なる言葉と意義。おすそ分けを怠ったがゆえに、税務署にタレこみが入ったという前出B子の話が現実味を増す。その後、いよいよ関係法令の解説に移る。

 講師の県庁職員もきわどいエールを送る。

「この間も猟友会の皆さんから鹿肉を10キロももらっちゃって……だからこそみなさんには受かって欲しい」

 だが、早口であるのと、いささかなまりもきつく、渡されたテキストを手元に開いていても、どこを読み上げているのかさっぱり聞き取れない。

 案の定、「聞き取れねーぞ」という不作法な抗議の声も上がるが、それには「テキストに全部書いてありますから」と応じる。結局はテキストを読み上げているだけの、眠気を誘う時間が流れて行くが、ところどころ“ポイント”はしっかりと「指摘」。

「衛生の問題は必ず、1問、出ますね」云々……。

(3)へつづく

「特別読物 国家試験に一発合格のカラクリ! 田舎暮らし3年で『罠猟師』への道!――清泉亮(ノンフィクションライター)」より

清泉亮(せいせん・とおる)
1974年生まれ。専門紙記者などを経てフリーに。別の筆名で多くのノンフィクション作品を手掛けてきた。近現代史の現場を訪ね歩き、歴史上知られていない無名の人々の消えゆく記憶を書きとめる活動を続けている。信条は「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」。清泉名義での著書に『吉原まんだら』『十字架を背負った尾根』がある。

週刊新潮 2016年3月10日号掲載

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