朝起きたら「おかあさんがいない」 妻が5年間の失踪、47歳夫が後悔し続ける「笑顔」への誤解

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「おかあさんがいない」

 翌朝、息子に起こされた。当時、息子が小学校5年生、娘は3年生だった。学校に行かなくちゃいけないのに、おかあさんがいないと子どもたちが叫んだ。

「なにがなんだかわからないままに、ともかく子どもたちを送り出した。僕も出社しなくてはいけないのに妻がいない。嫌な予感が当たったような気がしました。いろいろ考えて、その日は会社を休みました。妻の実家や親戚あたりに連絡をとったけど、誰も『ここのところ連絡もとってない』と。妻の交友関係なんて知りません。そういえば妻が昼間、なにをしているのかさえ僕はほとんど知らない」

 ひっきりなしに携帯に電話をかけたが、電源が切られていた。妻のクローゼットや小さな机の引き出しなどを漁ってみたが、手がかりはない。その日の夕方、彼は警察に届け出た。家出なのか事件に巻き込まれたのかもわからない。大きな荷物はもっていないはずだ。ふだん買い物に行くときに使っている財布はキッチンのテーブルに置かれたままだった。

 それが7年前のことだ。すぐに実家の母が飛んできてくれ、家事を担ってくれた。子どもたちには「おかあさんは急な用で出かけたけど、すぐに帰ってくる」と言うしかなかった。

 子どもたちはしばらくの間、「いつ帰ってくるの」と言っていたが、だんだんと言わなくなった。近所でも話題になっていたようだから、子どもたちは子どもたちのコミュニケーションの中で何か悟ったのかもしれない。

「妻の親戚関係にも伝えましたし、昔、仕事をしていた店にも行きました。代替わりしたようで店の人たちの中で文菜のことを知っている人はいなかった。勤務先にも言いました。ただ、文菜が副業をしてクビになったことなど、もう知っている人もほとんどいない。残っている同期にも話したけど、もうすでに誰も連絡をとっていなかったし」

突然の電話

 妻の情報は完全に絶たれた。少しずつ、寿明さんもあきらめの気持ちが強くなっていった。だが3年前、家の電話が鳴った。日曜日の朝だった。

「文菜からだとなぜか思ったんです。電話に飛びついて、文菜か、文菜だろと叫ぶと、かすかにヒッという嗚咽のようなものが聞こえた気がして……。帰ってきてよ、今すぐ帰ってこいよと言いました」

 電話は切れた。ディスプレイには公衆電話とでていたが、どこからなのかはわからない。警察にも相談したが、特定はできなかった。

 その数ヶ月後、また家の固定電話が鳴った。

「もしもし、という声が文菜の声だった。今どこにいるんだと言うと、『子どもたちは元気?』って。元気だよ、みんな待ってるよ、オレも待ってる、とにかく帰ってこいと言いました。言っているうちにこっちが涙声になってしまった。『ごめんね』と言った文菜の声が妙に間延びしているように聞こえて、『文菜は元気なのか、大丈夫なのか』と言ったら、なにも言わなかった」

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