朝起きたら「おかあさんがいない」 妻が5年間の失踪、47歳夫が後悔し続ける「笑顔」への誤解

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【前後編の後編/前編を読む】「妻を壊してしまった」47歳夫の後悔 母になっていく姿に寂しさ感じて…“魂の殺人”の始まりは

「僕が妻の心を壊したんだと思う。でももう謝罪する機会もない」と語るのは、佐川寿明さん(47歳・仮名=以下同)である。27歳の時に結婚した文菜さんは、もともと会社の同期で、親兄弟を養うためにしていた水商売のバイトがばれてクビになったという苦労人だ。2人の子に恵まれると“完璧な母親”として家庭を守ったが、寿明さんはそこに寂しさを覚えたという。たびたびある長期出張を機に、小料理屋の女将と関係を深めていった。

 ***

「浮気なんて結局、バレるんですよ」

 寿明さんは自嘲的にそう言った。断続的に7年ほど続いた女将との関係は、いつしか妻の知るところとなっていた。

「出張だと言って休みをとって女将と旅行をしたことがあったんです。たまたま妻が僕に連絡をとろうとしたけど携帯電話の電源を切っていた。もともと怪しいと思っていたんでしょう、会社に連絡をしたら今日は有休だと聞かされたみたい」

 彼はその旅行を機に、女将と会うのをやめるつもりだった。女将のほうもわかっていたはずだ。最初で最後の一泊旅行は情熱的でありながらせつなかった。

 翌日、なんとも言えない思いを抱えて帰宅すると、子どもたちは「出張のおみやげ」を待っていた。文菜さんはいつものように笑顔で彼を出迎え、「軽く食べる?」と聞いた。

「別れてきたせつなさと、妻のずっと変わらない笑顔を見ていたら、なんだか急にこみあげるものがあって……。自分でもよくわからない感情でした。女将と別れたのは心が裂かれるようにつらかった。でも妻の笑顔を見たとき、この人は一生、ずっとこんな笑みを貼りつけて生きているのかと思って。いや、なんというか、そのときわかったんですよ。妻の笑顔は心からのものじゃないということが。それで感情が乱れてしまった」

夫婦の寝室で感じたこと

 着替えてくると言って寝室へ行ったら、涙が止まらなくなった。その前年、父を病気で亡くしたときも彼は泣かなかった。見送るのは順番だからと喪主を務めた。だが寝室で、「ここは自分たち夫婦の偽りの愛が熟成された部屋」だと感じた。端的に言えば、妻が自分を愛していないことを確信したということらしい。それはとりもなおさず、自身も妻を愛していなかったということなのではないか。

「そうかもしれない。どうしてあんな気持ちになったのかわからないんです。夫婦なんてそんなもの、偽りか本物かなんてわからない。ただ、ふたりとも子どもへの愛情は確かなものだった。それでよかったはずなのに」

 片手で女将への、もう片方の手で妻への愛を握りしめていたのに、片手を緩めたらもう一方の手も緩んで、両方の愛を一気に手放してしまったような感覚なのだろうか。

「それも今となってはよく覚えていないんです。でもとにかくなんかすべてに絶望してしまった……」

 夜食を食べるはずが、彼はリビングに戻ることができずにベッドに横になった。夜中に目覚めると、文菜さんがいなかった。どうしたんだろうと思いながら、全身が疲労感に包まれていたため、彼は再び眠りに落ちた。

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