「妻を壊してしまった」47歳夫の後悔 母になっていく姿に寂しさ感じて…“魂の殺人”の始まりは

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【前後編の前編/後編を読む】朝起きたら「おかあさんがいない」 妻が5年間の失踪、47歳夫が後悔し続ける「笑顔」への誤解

「不倫は魂の殺人」という言葉がある。なにを大げさなと思う向きもあるかもしれないが、人によっては心が殺されるようなものという可能性は否定できない。

 佐川寿明さん(47歳・仮名=以下同)は、「僕が妻の心を壊したんだと思う。でももう謝罪する機会もない」と語った。

「結婚したのは27歳のときです。妻となった文菜とは新卒で入った会社で同期でした。ただ、彼女は3年後にアルバイトで水商売をしていることが会社にばれてクビになった。副業は会社の許可が必要だったんですが、彼女は許可を得ていなかったし、夜の仕事が忙しくて会社に遅刻することも多くなっていたみたい」

 同期は仲がよかったが、それを機に彼女のことは話題にのぼらなくなった。だが寿明さんは気になっていたので、彼女の退職から1ヶ月ほどたったころ連絡してみたという。

「週末、お茶でもしようと会ったんですが、すっかり痩せ細っていて。水商売をしていたのは自分のためではなく、田舎のおとうさんが病気になり、長期療養のために弟や妹が困っていたからなんだそうです。正直に話せば会社から借金くらいできたかもしれないけど、借金するより自分で稼ごうと思ったらしい。『クビになったから、今は夜の仕事に本腰を入れているけど、自分には向いていない』と嘆いていました」

悲劇を通じて縮まった距離

 それからふたりは定期的に会うようになった。1年後、会うはずの場所に彼女は来なかった。彼はその日、うっかり携帯電話を忘れていった。家に戻って携帯を見ると、「父が急に亡くなったので実家に帰ります。ごめんね。また連絡します」とメッセージが残っていた。いつでも連絡してとメールを送った。

「数日後、彼女から電話がかかってきて。おとうさん、自殺だったそうです。自分が療養していることで家族に迷惑がかかっているのに耐えられないと遺書があったらしい。『助けてあげられなかった』と彼女は電話口で号泣していた。僕も泣いてしまいました。『僕がきみを助けるから』とも言った」

 戻ってきた彼女とは、友だちから恋人へと関係が変わった。少し気分屋のところはあるが、基本的には素直で楽しく、面倒見のいい女性だとよくわかった。

「おとうさんは昔から体が弱かったようです。それでも懸命に働いて子どもたちを育ててくれた。おかあさんもおとうさんの両親を抱えながら、近所のスーパーでパートをしたりしていた。文菜は長女だし、双子の弟妹とは7歳も離れているんだそうです。だから『私も小学生のころから子育てしてた』って。でも彼女が成績優秀だったから、東京の大学へ行けと親戚がお金をカンパしてくれた。だからがんばって大学でもいい成績をとってあの会社に入ったのに。私の読みが甘かったって。まだ会社をクビになったことを後悔しているようでした」

 そんな彼女を守るのは自分しかいない。彼はそう思った。学生時代につきあった女性はいたが、それほど恋愛経験が多いわけではなかったから、恋の駆け引きはできない。ひたすら彼女に「結婚しよう」と言い続けた。

「でも彼女は、『私は結婚には向いてない』と言うばかり。いや、大丈夫、僕があなたと一緒にいると幸せなんだと断言しました。本気でそう思っていたのかどうか、今となってはわからない。だけど、あのときは人に対して初めて独占欲を抱いたんです。それが愛情だと思い込んだ。若いときってそう思うものなんじゃないでしょうか」

 彼はうかがうようにこちらを見た。確かに独占欲を愛だと思い、嫉妬をまき散らすことが情熱だと思う時期はあるのかもしれない。

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