「移動そのものがエンターテインメント」 小説家・上條一輝が「都内の移動は自転車に限る」と語る理由

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「東京」という街はない

 2024年、『深淵のテレパス』で創元ホラー長編賞を受賞しデビューした小説家の上條一輝さん。「東京とは、いうなれば無数の街の集合体」と評する彼が勧めるのは、新宿や丸の内といった東京を構成する街と街のあいだを自転車で移動すること。いったいなぜ?

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 都内の移動は自転車に限る。

 いや、「限る」と言い切ってしまうのは少し性急に過ぎたかもしれない。「自転車を使いこなせるようになると、移動の満足度が格段に上がる」。これぐらいにしておこう。

 上京してもう14年になる。さすがにそろそろ東京人を名乗っても怒られない頃合いだろう。それだけ長く住んでいると、地方や外国の友人から「東京とはどんな街なのか?」と聞かれる機会がそれなりにある。そしてその度に私は答えに窮する。

 なぜなら、「東京」などという街は、無いからだ。

 新宿はある。丸の内もあるし、浅草も、蒲田もある。だが、「東京」は無い。東京とは、いうなれば無数の街の集合体で、それぞれ単独でも成り立っている街同士がひしめくように肩を寄せ合ってできたコングロマリットのような存在なのだ。

移動そのものがエンターテインメントに

 そんな巨大複合都市・東京においては、街から街への移動が重要になる。たいていの場合は電車がこの役割を担っていて、JRや東京メトロに乗ればどこへでも行ける。だが、これはいわばワープ装置だ。銀座で地下につながる階段を下りて、つり革につかまっていれば、すぐに新宿に着いてしまう。これは些かもったいない。

 そこで自転車である。

 東京の密度は濃い。自転車であれば、東京を構成する街と街のあいだにあるものをすべて自らの目で確かめられる。移動そのものが、エンターテインメントになる。例えば銀座から新宿までなら、未来的なオフィス街の虎ノ門を抜け、厳粛な空気をまとう国会議事堂前を通り、超高級住宅街の麹町・市ヶ谷の空気を浴び、四谷から先は徐々に近づいてくる不夜城・新宿の熱気を肌に感じることができる。街と街の中間が作る緩やかなグラデーションを味わうには、サイクリングの速度がちょうどいい。

 自転車を所有する必要はない。都内の駐輪場は、地方なら2LDKに住めるくらいの賃料がかかることもあり馬鹿らしい。その代わり、レンタサイクルのステーションがどこでもすぐにアクセスできる。都心に強い「ダイチャリ」と、郊外に強い「ハローサイクリング」の二つのアプリで会員登録しておけば不便することはない(回し者みたいになってしまったが、1円ももらっていない。もらいたい)。どのサービスも電動自転車なので上り坂も気にならない。レンタルだから飽きたら近くのステーションに返して電車に乗れるのもいい。

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