「娘の夜泣きで起こされた瞬間、あらすじが…」 医師で小説家の山口未桜に訪れた「生涯忘れられない瞬間」とは
人生が大きく音を立てて動いた瞬間
2024年『禁忌の子』で第34回鮎川哲也賞を受賞しデビューし、同作が2025年本屋大賞にもノミネートされた山口未桜さん。現在、小説家と医師という二足のわらじを履く彼女は、実は医学部を受験することになって一度筆を置いたという。そんな彼女が本屋大賞ノミネート作を生み出すまでの転換点を語る。
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「あの瞬間」確かに、わたしの人生は大きく音を立てて動いた。
わたしは物心ついた時からずっと本を読みふけっては、物語に没頭する子供だった。高校生になり、文芸部に入部して初めて、作った物語を人に読んでもらう楽しさを知った。
作家になりたかった。でも、医学部を受験することになり、それですっぱり筆を置いた。
医学の道はやりがいがあった。医師になり、日々一生懸命に過ごす中で、あっという間に16年が経過した。臨床に研究に夢中になっていたところ、転機が訪れる。
出産と、コロナ禍だ。
発表を予定していたシンポジウムはコロナで中止になった。日常診療と並行して行っていた研究も育児のために続けるのが難しくなった。
あっという間に1000字ほどのあらすじが
今のわたしにできることはなんだろう? 仕事と育児に追われる日々のなかで自問自答を重ね、2021年の年末、ついに覚悟を決めた。
――小説を書こう。高校時代の夢をもう一度追ってみよう。
ほどなく有栖川有栖(ありすがわありす)先生の創作塾に入塾して1作目の長編を書き上げた。2作目を構想していた、2022年5月のことだ。
2作目は医療ミステリーを書きたいと思っていた。ある魅力的な謎を出発点とした、複数人の数奇な人生をたどる物語だ。確かな手応えはあった。
だが、何かが足りない、と思ってもいた。物語の核となる何かが。
あの日の、午前4時。当時1歳だった娘の夜泣きで起こされた瞬間を、生涯わたしは忘れないだろう。
目覚めると同時に、急にひらめいた。
物語の核が、突然見えたのだ。
アイデアが天から降ってくる、とは、まさに。
エウレカ! とは叫ばなかったが、「あーっ!」と声は上げた気がする。
急ぎ娘をあやしてから、わたしはスマートフォンを手に取った。
「救急医の武田は、搬送されてきた溺死体を見て驚愕する。死体が自分と瓜二つだったからだ」
1文目を書き始めると止まらず、あっという間に1000字ほどのあらすじが出来上がった。3カ月後、それが『禁忌の子』の初稿になり、1年の改稿を経て応募したその物語は鮎川哲也賞を受賞し、投稿から1年後、出版された。
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