トレンドに“逆行”する「遅球派左腕」がセンバツで躍動! 「130キロ台」のボールで強豪校を翻弄できた理由を選手たちへの取材で探った
年々、ストレートの高速化が進んでいる日本の野球界。その波は高校野球にも及んでおり、球速150キロ以上の高校生投手も珍しくない。今年の選抜高校野球では、健大高崎の石垣元気(3年)と横浜の織田翔希(2年)が150キロの大台を突破。30人以上の投手が140キロ以上をマークした。甲子園常連校になると、140キロを超える複数の投手を揃えている。ところが、まるでそんな流れに逆らうかのように、“遅球”を使って甲子園のマウンドで躍動した二人の投手がいた。【西尾典文/野球ライター】
***
【写真特集】松井、松坂、桑田、清原…甲子園を沸かせた“怪物たち”の若き日の勇姿
「どのカウントでもどの球種でも勝負できる」
1人目は、聖光学院のエース左腕、大嶋哲平(3年)である。3月22日に行われた常葉大菊川との1回戦、大嶋は立ち上がりから安定感抜群のピッチングを披露した。
9回まで相手打線を5安打に抑えて得点を許さない。10回を投げて許した失点は、タイブレーク(10回)の2失点のみ、自責点0だった。聖光学院は12回裏に1点をあげて、4対3でサヨナラ勝ち。大嶋の好投が、初戦突破に大きく貢献した。
大嶋が投げたストレートの最速は133キロ。過去に甲子園で登板した投手の中では下から数えた方が早い。それにもかかわらず、これだけの投球ができた要因は、制球力の高さだ。
10回まで投げて与えた四死球は0。123球を投じたが、そのうちボール球はわずか42球で、ストライク率は65.9%に達している。単純計算すると、“3球のうち2球”はストライクゾーンに投げ込んでいる。
大嶋は、試合後の取材に対して「もともと指先の感覚は良くて、コントロールで苦労したことはあまりありません。小学校の時に自分が投げて32対0で負けたことがあるのですが(笑)。その時も四死球は0だったと思います」と話していた。
ただ、ストライクゾーンに投げ込めば、打ちとれるわけではない。ストレートと変化球で腕の振りが変わらず、コーナーにしっかり投げ分けていた。このため、常葉大菊川の打者は、最後まで的を絞れていなかった。大嶋をリードした、捕手の仁平大智(3年)によれば、「どのカウントでもどの球種でも勝負できる」という。
制球力に加えて、ストレートの質も見逃せない。大嶋は、シュートしながら少しホップするような球筋だと語っていた。指先の感覚によって、微妙に変化をつけているようで、前出の仁平が語るには、同じストレートを受けていても、球質が全く違うように感じるそうだ。
実際、記者席から見ていても、ストレートと判断して良いか迷うボールがあった。微妙に異なるストレートで相手打者を幻惑させた工夫も好投に繋がったといえるだろう。
最速130キロのストレートで強豪校の打線を封じ込めた
そして同じ3月22日。もう1人の“遅球派左腕”が快投を演じた。浦和実のエース、石戸颯汰(3年)である。
初戦の相手は滋賀学園。昨秋の近畿大会では、ドラフト上位候補にあがる大阪桐蔭のエース、森陽樹(3年)を攻略した強力打線を誇る強豪校だ。
石戸は、強敵に対して、3対0で完封勝利を飾る。被安打6、与四死球2。浦和実は、春夏通じて甲子園初出場。同校にとって歴史的な勝利に“完封劇”という花を添えた。
石戸が投げるストレートの最速は130キロで、大半が125キロ前後とかなり遅い。本格派投手が投げる変化球を同程度のスピードしか出ない。それにもかかわらず、滋賀学園の打者は、石戸の“遅球”にことごとく差し込まれた。27個のアウトのうち、実に16個がフライアウト。まともなバッティングをさせてもらえなかった。
石戸の最大の特徴は、独特のフォームにある。右足を高く上げた後、テイクバックで大きく体を沈み込ませ、そこからグラブを持つ右手を高く上げて、腕を振る。
かつて、巨人やメジャーで活躍した岡島秀樹と少し雰囲気が似ているが、それよりもさらに変則な動きが多く、重心の上下動が大きい。相手の打者からするとタイミングをとりづらいうえ、ボールの出所が見づらい。
これだけ右足を高く上げて、体を上下動させると体への負担も大きくなりそうだ。しかしながら、チームを指導する田畑富弘部長によると、体幹の強さはかなりあり、球数を投げても、あまり疲れを見せることはないという。
次ページ:速いボールを投げられなくても「工夫次第で勝負できる」
[1/2ページ]