アクティブユーザーは推計1億人!? アメリカで大人気の「Temu」が人々を魅了する理由(古市憲寿)

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 今年2月28日、ウクライナのゼレンスキー大統領が訪米し、トランプ大統領と会談した。ゼレンスキーはいつものようにカーキ色の、襟もない軍服スタイル。彼はロシアからの侵攻後は一貫してスーツを着用せず、常に兵士と同じような格好で公の場に現れる。

 会談後、SNS上で出回った動画がある。トランプが「ゼレンスキー大統領はテムの服を着てホワイトハウスに現れた」「これからは彼をテム・ゼレンスキーと呼ぶことにする」「5000億ドルも支援したのに1000ドルのスーツすら買えないのか」とゼレンスキーを批判する内容。もちろんフェイクなのだが、興味深いのは当たり前のように「テム」が使われている点である。

「テム(Temu)」とは、2022年にサービスを開始した中国系のショッピングサイト。2023年には日本にも進出している。

 これがもうアメリカで大人気なのだ。一つ目の特徴は超低価格。とにかく安い。24円のキーホルダー、501円のスニーカー、1万円ちょっとのノートパソコンなど、格安商品が並んでいる。物価の高いアメリカでこの安さは衝撃的だった。

 全米の一大イベントNFLスーパーボウルでCMを流したり、インフルエンサーたちがSNSで爆買い動画を投稿したり、急速に認知度は広がっていく。2023年にはアメリカで最もダウンロードされたアプリがTemuとなった。ちなみにランキング上位には、おなじみ「TikTok」や、動画編集アプリ「CapCut」も並び、中華系サービスがアメリカで存在感を増した形。保守派が中国に脅威を感じるのにも納得だ。

 Temuのもう一つの特徴はゲーム性。アプリを開くたびに「90%割引」をうたうクーポンがプレゼントされたり、ガチャや魚の育成ゲームを通して「無料」の商品が提供されたりする。実際には「無料」というわけではなく、追加で商品を買わされたり、友人をアプリに招待しろと要求される。うまく射倖心をあおる形になっていて、「あなたにだけ」幸運が訪れたという演出がうまい。ただ画面をクリックしているだけなのに、さも目標をクリアして、本当に商品が手に入るのではと期待させるのだ。「あと少しで最大14900円相当の報酬をGET」などと出てくるから途中でやめられない。ゲームをプレイしているような感覚で、ついついいらないモノを買ってしまう。昔の100円均一やドン・キホーテには宝探しをするような感覚があったが、それがさらに洗練された(あくどい)形である。

 もちろん海外でもTemuは賛否両論。セキュリティーや知的財産権などの観点から批判する論者は多い。だが人気はとどまることを知らない。アクティブユーザーが1億人いるという推計もある。現状、日本での人気はいまいち。楽天やメルカリなど既存のサービスが強い影響力を持つからかもしれない。Temuとは真逆の、地味で真面目なアナログ路線を追求する新潮社の「優越感具現化カタログ」もよろしくお願いします。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2025年3月27日号掲載

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