レス妻に当てつけるようにSM不倫 「我ながらクズ」な42歳夫が戸惑う人生の急転回
5年ほど続く相手も
10年前に亡くなった作家・河野多恵子に「みいら採り猟奇譚」(新潮社)という作品がある。年上夫のそれとない意向をくみ取っていき、いつしかサディストとして成長していった妻が、夫は自分に殺されることを望んでいると悟るようになるという物語が、戦時中という時代の中で静かに描かれる。究極の快楽はそこにあるのかもしれないと読んだ当時、異様な感動を受けたものだ。優輔さんは「命を懸けてまでとは思っていない」というが、抑制の効いたSMもまた、自らの解放につながるのだろう。
ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムによれば「サディズムもマゾヒズムも共に、堪え難い孤独感・疎外感からの逃走である」と言っている。セックスよりSMを好む人たちには、こうした心理が働いているのかもしれない。
妻は優輔さんの動向についてはあまり興味がない。それは彼にとって都合がよかったともいえるし、孤独感を募らせたとも言えるのではないか。仕事をする社会人として、友人の間では明るい男性として、妻には淡々とした夫として、そしてSMの世界では「支配して従属する」タイプとして、彼はいくつものペルソナを使い分けながら生きてきた。そしてそれがうまくいっていたのだ。
マッチングアプリを利用して知り合った相手は、常に数人いる。いちばん長い相手とは5年ほど関係が続いているという。こうなるとそこには「愛に似た何か」が生まれてもいる。数年前からはSM専門のマッチングサービスに登録、新たな出会いも重ねているという。
玖美さんからの意外な提案
こういう日常が続くのだと彼は考えていた。ところが1年半ほど前、妻から意外な提案があった。
「突然、体外受精をしたいと妻が言い出したんです。僕は結婚するとき40歳前後になって、いきなり不妊治療をするなんていうことになるのは嫌だと言っていたのに、案の定、そういうことになった。僕はとっくに子どもをもつ未来はあきらめていたんですよ」
それなのにこの発言……である。この人はなにを言っているんだろうというのが優輔さんの本音だった。ただ、ここが優輔さんの人柄なのだが、「妻が子どもをもちたがっていることを拒否すると、悪人になってしまう」という世間一般の「常識の声」が聞こえてきた。そこで策を講じた。
「体外受精なんてうまくいくはずがない。1度で成功する確率は14%だそうです。だから妻にあきらめをつけてもらうために、努力してもダメだったねと言えるように、1回やってみようかということにしたんです」
[2/3ページ]