「日比谷」「横浜翠嵐」が激増した今年の東大合格者数 背景に意外な志向、意外な不祥事

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 今年の高校別東大合格者ランキングがほぼ出そろった。ベストテンは1位:開成(東京)149(107)、2位:筑波大附属駒場(東京)117(92)、3位:聖光学院(神奈川)95(85)、4位:麻布(東京)82(52)、5位:日比谷(東京)81(65)、6位:灘(兵庫)77(58)、7位:渋谷教育学園幕張(千葉)75(61)、8位:横浜翠嵐(神奈川)74(67)、9位:栄光学園(神奈川)55(43)、10位:桜蔭(東京)52(42)となった(カッコ内は現役合格者数)。

 ベストテンの圏外もふくめて合格者数が増えた学校、減った学校についてその理由を検証すると、現在の教育の様相がよく見える。

2つの公立高校が躍進した意外な理由

 今年の最大の特徴は、東京都立日比谷と神奈川県立横浜翠嵐の公立高校2校が大幅に合格者を増やし、ベストテンのなかで安定した位置を占めたことだろう。とくに日比谷が80人以上の東大合格者を出したのは、1970年以来55年ぶりである。

 1967年に都立高校間の格差をなくすのを目的に学校群制度が導入されると、かつて全国一を誇った日比谷の東大降格者数は一けた台に落ち込み、93年にはわずか1人にまで減少した。この状況を憂えた石原慎太郎都知事(当時)の肝いりで、2001年に東京都の進学指導重点校に指定され、入試にも自校作成問題が導入された。03年に学区が廃止されたことも、優秀な生徒を集めるうえで追い風になった。

 以後、東大合格者数は順調に増えていった。05年に14人と久しぶりの二けたに乗り、14年には37人で、46年ぶりに全国の公立高校のトップに。16年には53人と、公立高校では21年ぶりの50人超えを記録し、18年には48人で東大合格者数ベストテン入りした。これは日比谷としては48年ぶりのことだった。21年には63人と次の大台を超え、今年は一挙に81人である。

 制度改革に後押しされたという点では、横浜翠嵐も共通している。神奈川県では2005年度から公立高校の学区が廃止され、さらに横浜翠嵐は07年度から、ほかの9校とともに学力向上進学重点校に指定され、13年には湘南と並びそのなかのアドバンス校として、重点校の牽引役になった。

 その間、それまで自由放任から一転、「学習習慣をつけろ」「進学への高い意識を持て」と日々繰り返し生徒に説くようになり、私立のような先取り授業も導入。その気になれば授業とその予習復習だけで東大に入れる「面倒見のいい学校」に変貌した。それまで神奈川県立のトップ校だった湘南が、自由放任で部活や行事重視をつらぬいたのと対照的だった。その結果、東大合格者は17年に過去最高の34人になり、その後、いったん減少したが21年に50人に達し、52人、44人、44人と続いて、今年の74人に到達した。ちなみに湘南は、今年の合格者数が18人に留まっている。

 しかし、日比谷や横浜翠嵐が飛躍した背景には、じつは「敵失」もあった。16年11月に東京学芸大学附属高校が、生徒間の壮絶ないじめを隠していたことが発覚。東京と神奈川の高校受験で優秀層が学芸大附属を避けるようになったのである。かつて学芸大附属は毎年100人を超える東大合格者を出していた。それにくらべての「凋落」が指摘されていたとはいえ、いじめ発覚以前は、13年68人、14年56人、15年54人、16年57人と、公立をはるかに上回る合格者を出し、開成と並んで首都圏の高校受験における最難関校の一つとして君臨していた。

 ところが、いじめ事件を機に、学芸大附属は日比谷や横浜翠嵐の滑り止めに転落した。それは、いじめ事件の直後から大量の追加合格者を出すようになったことからも明らかで、塾のチラシには学芸大附属「も」受かった受験生の名前が多数並ぶようになった。こうなると日比谷や横浜翠嵐人気に拍車がかかる。最優秀層も、中学受験組がいないためにみな一斉にスタートできる公立トップ校を選び、開成さえ蹴るという流れが生じた。

 とくに21年は日比谷が63人、横浜翠嵐が50人と大台を超えた年だった。この数字を見たうえで翌22年、両校を選んだ生徒たちが、今年の実績を生み出したのである。一方、学芸大附属は22年27人、23年14人、24年21人、25年22人と、一時にくらべると別の学校のように合格者数を減らしている。

上昇する「面倒見」下降する「不祥事」

 昨年の100人から減ったとはいえ、聖光学院の95人にはインパクトがある。しかも卒業者数に対する現役合格率は37.12%と、開成の27.02%を大きく上回る。2004年に現校長である工藤誠一氏が校長に就任して以来、東大合格者数の目標値を定め、最初は40人台からはじまり徐々に増やしてきた。その手段として「塾要らず」の「面倒見の良さ」を掲げ、一方、勉強以外の教養も習得させたほうが学習面の結果もよくなるという読みから、聖光塾や選択芸術講座などの時間ももうけ、戦略的に東大合格者数の上積みを目指してきた。

「塾要らず」や「面倒見」は、最近の親の心をくすぐるキーワードで、聖光の保護者からは「高3では学校が予備校のようだ」という声も聞こえるが、学校の指示どおりにしていれば東大に入れる、というのは、とくに親には魅力に映るのだろう。結果、中学受験の偏差値は年々上昇し、現在、首都圏の私立では開成に次ぐが近接している。

 同じ神奈川の栄光学園は、かつては聖光学院より難関だったが、自主性を重んじる校風なので「面倒見」人気にはかなわず、いまでは聖光に偏差値で差をつけられている。だが、東大合格者数はここ二十数年でさほど変化がない。今年の55人は聖光にくらべると少なく見えるが、1学年の生徒数も聖光の225人にくらべ180人と少ない。栄光が実績を下げたのではなく、あくまでも聖光が実績を上げたのである。

 ところで、ベストテン入りは叶わなかったものの、今年は浅野が過去最高の51人の合格者を出している。聖光学院、栄光学園、浅野を俗に「神奈川御三家」と呼ぶが、この3校で200人を超えるのもはじめてである。10年前の15年にはそれぞれ74人、45人、40人で計159人だった。浅野は日々の予習、復習を徹底させる堅実な取り組みで実績を上げてきた。だが、いずれにしても、神奈川の高校生が成果を上げたというよりは、都内からも通いやすい聖光や浅野に、東京の中学受験生が流れたと考えるべきだろう。

 では、どの学校から流れたのか。一つは駒場東邦だと思われる。2017年ごろから教職員のパワハラやセクハラ問題が報じられてイメージが低下。19年春には校長の辞任にまで発展したが、この間、偏差値が下がって中学受験の受験者数も激減。このところ東大合格者数は21年56人、22年60人、23年72人と推移していたが、前述の不祥事が話題になりはじめてから入学した生徒が卒業した24年に44人になり、今年は39人にまで減ってしまった。

 東京学芸大附属もそうだが、学校の不祥事は大学合格実績に如実に反映される。ただし、駒場東邦の受験者数や偏差値はその後、それなりに回復したから、東大合格者数がこのまま下がり続けることはないだろう。

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