“美容クリニック”で胎児の染色体異常を検査? 妊娠初期の「新型出生前検査」現場の現状とは
妊婦さんの血液で赤ちゃんの染色体に変化や異常がないかを調べられるNIPT(新型出生前〈しゅっせいぜん〉検査)。
実は最近ではお産と無縁の美容皮膚科などで検査が受けられるなど、NIPTをビジネスチャンスと捉えた企業の参入も増加している。
日本医学会は妊娠9週からの検査を認めているが、技術的にはすでに妊娠6週から検査が可能と称して実施しているクリニックがある。また、同じく医学会が指針とする検査対象が3項目(13番染色体・18番染色体・21番染色体のトリソミー=染色体が1本多い)なのに対し、望めば数十種近い項目の重複・欠損も調べられるとも。
この検査対象の違いが認証施設と無認証施設を区別する線引きの一つにもなる。
しかし受ける側にとっては採血という検査方法自体が同じなので、実情が今ひとつわからないが……。
実際に検査を受けた体験者や専門医への丁寧な取材を重ねた『出生前検査を考えたら読む本』(毎日新聞取材班)から、検査施設の現状を見てみよう。
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「うちとしては全然もうからないんだけど、ぶっちゃけね」
全国の無認証施設を調べると、医療機関や仲介企業を中心とした、いくつかのグループが形成されていた。2022年、その一つのクリニックを運営する平石貴久医師を取材した。
平石医師は、Jリーグ・柏レイソルのチームドクターや元横綱・朝青龍の主治医を務めたことのある有名なスポーツドクターだった。東京・六本木にクリニックを開業し、元プロ野球選手の清原和博氏が愛用していた「ニンニク注射」の生みの親として、さまざまなメディアに登場した。経営する医療法人が2014年に破産したものの再起し、2018年に自身のクリニックでNIPTを始めた。
クリニックのホームページを見て、気になったことがある。「早期NIPT」と称して、妊娠6週以降の女性に検査を実施しているのだ。通常、NIPTは妊娠9~10週以降に提供されている。本当にそんなに早い段階で、検査できるのだろうか。
私たちは東京都内の一等地、港区麻布十番を訪れた。雑居ビルの一室に入ると、中はこざっぱりとした普通のオフィスのようだ。案内された小部屋の窓から、東京タワーが間近に見える。
しばらくすると、隣の部屋で診療を終えた平石医師が入ってきた。紺色の「スクラブ」と呼ばれる医療用衣に身を包んでいる。クリニックの事業に協力する、検査仲介企業の男性役員が同席した。
産婦人科や遺伝の専門医ではない平石医師がなぜ、NIPTを提供するのか。
「高齢出産が増えて、ダウン症をはじめとして先天性疾患の子どもが生まれてきてるというのは耳に入って、こういう検査が事前にあるんだったら、受けた方がいいんじゃないかって」
と考えたという。
ホームページでは、クリニックと提携してNIPTを実施する100前後の医療機関を紹介している。認証施設のように遺伝カウンセリングを必ず行っているわけではない。もしNIPTで陽性となったら、希望者には遺伝カウンセラーを紹介し、かかりつけの産婦人科で羊水検査を受けるよう促している、と説明する。
認証施設と異なり、微小欠失や微小重複など日本医学会の指針で認めていない項目も調べている。
「うちは全部やってるんですよ。患者さんが知りたいか、知りたくないかですね」
それらの項目の検査精度に関するデータを尋ねると、同席する仲介企業の男性から、
「検査機関によって違う。答える話ではないですね」
と断られた。
話題は、妊娠6週からの「早期NIPT」に移る。
「お客様が皆さん高齢で『早く知りたい』っていうので、第1段階に6週以降で来られる人は来てくださいっていうふうにやっています。10週以降の方が(検査結果の)間違いは少ないのでもう一度来てもらって、そっちはタダ(無料)。2回やっても料金は1回分しかもらわない。それで患者さんの不安を早く取ってあげている」
平石医師はあくまで患者本位で、2021年から早期NIPTのサービスを始めたと強調する。妊娠6週以降に1回目、妊娠10週以降(2025年現在は9週以降)に追加費用なしで2回目の検査を受けられるという。「研究」という位置付けで、2回目の検査を提供することで精度を担保している、という説明だ。
「うちとしては全然もうからないんだけど、ぶっちゃけね。(同じ値段で検査を2回するため)利益も半分になるし」
もし大学病院で研究をするのであれば、通常は「研究計画」を作成し、倫理委員会の承認を得る。このクリニックでも同様の手続きを取っているのだろうか。再び、仲介企業の男性が答えた。
「こちらでは研究計画というのは作成してないですね」
子どもの性別が希望通りじゃなかったら、経口中絶薬を飲む人が出てくるかもしれない
妊娠9週より前の検査は、他の無認証施設でも行われている。実際に妊娠6週でNIPTを受けたという東海地方の女性(30代)を見つけ、話を聞いた。
女性は妊娠がわかってすぐ、インターネットでNIPTを受けられるクリニックを探した。妊娠6週で受けられるクリニックを見つけ、「早く結果がわかったら、考える時間ができていいかな」と申し込んだ。
クリニックで署名した同意書には「研究」という文字が書いてあった。どのような研究か、医師から説明はない。妊娠6週で1回目、妊娠10週で2回目の検査を受け、いずれも陰性だった。
女性は検査結果に安心する半面、気がかりになったことがある。
早期NIPTの結果は、妊娠9週より前に出る可能性がある。そうすると、経口中絶薬(飲む中絶薬)を服用できる期間と重なってくるのだ(日本で製造販売が承認されている経口中絶薬メフィーゴパックは、妊娠9週0日まで使用できる)。妊娠9~10週以降を対象にした通常のNIPTでは、考えられなかったことだ。
「そのうち、子どもの性別が希望通りじゃなかったら、すぐに経口中絶薬を飲む人が出てくるかもしれない。それって倫理的にどうなんだろう」
NIPTをビジネスチャンスと捉えた企業などが参入し、競うように増える無認証施設
美容皮膚科などの無認証施設は、増加の一途をたどってきた。認証施設と競うようにだ。
下に掲げたのは国内でNIPTを実施する医療機関数の棒グラフだ。
「認証施設だけでなく、無認証施設もどんどん増えてきている」
そう語るのは、昭和大学医学部産婦人科学講座の関沢明彦教授。長年、国内の出生前検査の研究をリードしてきた第一人者だ。国内の大学や国立研究機関で作る「NIPTコンソーシアム」の事務局も務めている。
認証施設の数は日本医学会が公表しているが、無認証施設は公式に集計された数字がない。NIPTコンソーシアムのメンバーが毎年、インターネットで無認証施設のホームページを閲覧して数えている。
グラフからは、国内のNIPTの歴史が見えてくる。
2013年に認証制度が発足し、大学病院や国立研究機関の研究としてNIPTが始まった。学会の指針で、産婦人科医に加えて小児科医や臨床遺伝専門医の在籍といった厳しい要件を課し、中小病院やクリニックには参入障壁となっていた。
認証制度はあくまで学会の自主ルールに基づくため、法的根拠はない。無認証での検査を止めることもできない。NIPTをビジネスチャンスと捉えた企業などが次々に参入し、全国の診療所に「クリニック売上向上のご提案」といった資料を送って勧誘した。採血をするだけの美容皮膚科や内科のクリニックが一気に増え、無認証施設の数は瞬く間に認証施設を追い越した。
取材班が2022年6月に、インターネットなどで調べた際には、無認証施設は全国で182あった。保健所への届出などの情報に基づいて診療科を分類すると、美容系(美容皮膚科・美容外科・美容内科)89、内科89、皮膚科54、形成外科42の順に多く、産科・産婦人科は10だけだった。その多くがインターネット広告や、イラストを駆使したわかりやすいウェブサイト作りに注力していた。
急成長したあるクリニックのグループは、事業収益が2018年11月期の4億4810万円から、2021年11月期の23億6598万円へと膨れ上がった。たった3年間で5倍になった計算だ。埼玉県の皮膚科クリニックからスタートし、今では全国で10以上のクリニックを直営しつつ、100前後の医療機関と連携してNIPTを手がけている。
こうした状況を問題視する研究者らが働き掛け、2022年7月に、国が関与するNIPTの新たな認証制度が発足した。これまで妊婦が身近でNIPTを受けられる認証施設が少なかったという反省から、中小病院やクリニック向けに要件を緩めた「連携施設」枠を設けた。すると、認証施設の数は大幅に増えて、無認証施設と再逆転した。
ただ、無認証施設が拡大の勢いを失ったわけではない。仲介企業は地方のクリニックを中心に営業活動を続けており、その数は再び認証施設に迫ろうとしている。
治療のための研究を
NIPTの対象拡大について、専門委員会(こども家庭庁「NIPT等の出生前検査に関する専門委員会」)で根本的な疑問を呈していたのが、明治学院大学の柘植あづみ教授だ。生命倫理が専門で、出生前検査の経験を当事者にインタビュー調査するなど、医療技術と社会の関係について研究を続けている。
「『結局、非認証がやっていたことを、認証が追いかけているだけではないか』とか、(無認証に)妊婦さんをとられて(認証でも始める)というふうに、一般の感覚だと受け止めてしまう」──。そう専門委員会で語っていた真意を尋ねたいと思った。
東京・白金高輪の駅を降り、交通量の多い国道1号線を歩き続けると、明治学院大学の校舎が現れた。中庭のような空間で、新学期を迎えたたくさんの学生たちがベンチに腰掛け、楽しそうに談笑していた。
研究室で柘植教授は、妊婦たちが強い「不安」を抱えている実態を強調した。聞き取り調査を通じて感じてきたことだ。
NIPTを受けたとしても、全ての病気や障害がわかるわけではない。ある妊婦に柘植教授がそう指摘すると「でも、心配の一つは消せますよね」と返された。
「障害がある子を産んだら、経済的にやっていけない」「産んだら私が非難される」──。高齢妊娠して医療機関で検査を勧められた妊婦の中には、そんな思いで検査を受ける人もいるのではないかと柘植教授はみる。
検査結果が陽性となった妊婦が、胎児を産まない選択をすることを否定するわけではない。「陽性の結果が出て不安が的中したまま産んだとしても、『一緒に育てていくよ』というサポートがない限り、育てていくのは難しい」からだ。中絶の方法や妊婦への対応も含め、妊婦にとってトラウマになってしまわないような支援の検討が必要だと語る。
ただ、今の日本でそうした支援は十分なわけではない。そんな中で、「本当に妊婦が自己決定できていると言えるのか」というのだ。
「そもそも論」も、いつの間にか置き去りにされていないだろうか。
ダウン症など3項目の検査が認証施設で行われているのは、「検査の精度が高い」という理由だ。病気の重さからではない。
例えばダウン症の当事者の中には、成人して就労したり、一人暮らしやグループホームで自立生活を送ったりする人々もいる。当事者が生まれてきて良かった、育てて良かったと答えた調査結果もある。そうした実態がどれだけ多くの人に知られているのか、柘植教授は疑問を呈する。
「治療や療育、育児サポートの準備のために検査を生かす方法を研究してほしい」。そうでなければ、「『検査対象になるような病気は大変なんだ』『その子は産まないのが当然だよね』となってしまわないだろうか」と感じるからだ。
大学の授業で、障害のある子どもの子育てを紹介する動画を見せると、関心を示す学生も少なくないという。NIPTの検査対象がさらに広がり、利用する妊婦が増えるかもしれないが、「染色体疾患があるとわかっても産みたい人はいる。産める社会にしておきたい」と柘植教授は話す。「『産まない選択もできたのに、なぜそうしなかったの?』と女性を責める社会にはしたくない。病気や障害による生きづらさを、産んだ親の責任にしてしまい、インクルーシブな社会に変わる余地を狭めてしまう」
研究室を出てエレベーターを降り、また中庭へと戻る。これまでの取材を思い返してみた。
専門委員会の委員の間には、「妊婦のために」という思いや、無認証施設による無秩序な検査を懸念する思いは共通しているように思えた。それでも、どこかかみ合わないのはなぜだろうか。
経済が低迷して社会の余裕がなくなれば、女性が子どもを産み育てることや、周囲がそれを支えていくことは、一層難しさを増していくのかもしれない。ベンチに座って語らい合う学生たち、とりわけ女子学生たちの姿が目に留まった。
「大丈夫だよ」って言ってくれる人がいないよね──。柘植教授は取材の最後、そう話していた。どんな選択をしたとしても、女性ばかりが深く傷つかないよう、「大丈夫だよ」と支えていくにはどうすれば良いのか。NIPTの拡大を巡る議論では、そんな大きな問いが残されたままだ。
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