3・22「上九一色村」オウム施設に一斉捜索…捜査員と命がけの現場を共にした「カナリア」のその後

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逮捕第一号のきっかけ

 大部隊による捜索だが、その容疑は同年2月に東京都内で起こった、目黒公証役場事務長拉致事件の「逮捕監禁」だった。最優先の任務は、監禁されている被害者の発見・救出である。それに付随して、

「施設の全体把握、そして違法な薬品等があればすべて押収するように」

 との指示が出ていたが、第7サティアンに隣接する第10サティアンに足を踏み入れた機動隊・捜査員たちは、異様な光景を目の当たりにする。

「第10は、信者の修行棟であり、生活棟でもありました。近くに住んでいた住人の話では、小さい子供の出入りを何回も見ていたので、その安否が気になると。実際に捜索隊が敷地内に入ると、監禁されていたコンテナから脱走した女性信者が助けを求めてきたのですぐに保護しました。中には礼拝堂があり、50人ほどの信者がいましたが、何も食べていないのか、栄養失調状態でした」(前出・記者)

 捜索隊は3階に突入する。そこには、20代から70代の男女、6人の信者が横たわっていた。皆、痩せて衰弱しており、点滴を受けていたり、は自発呼吸も困難になっている信者もいる。捜査員は大声で聞いた。

「ここの責任者は?」

 名乗りを上げたのは、2名の男性信者(当時39歳と35歳)だった。

「これは何をしているのか?」

「治療です。この人たちが望んでいることです」

「治療? 医者はどこにいる?」

「私ですが…」

 確認すると、2人とも医師であることは間違いなかった。

「本当に治療を受けているんですか?」

 信者に問いかけても、衰弱のためか、まともに返答することができない。だが、その目は捜査員や機動隊員たちに訴えていた。

「助けて!」

 監禁容疑で現行犯逮捕――だが、医師もいるし信者の心情も定かではない。監禁と即断できるのか。何より、東京都を管轄する警視庁が、山梨県内で起きている事件を立件して問題ないのか、不当逮捕との誹りを受けるかもしれない……。無線電話を通じて警視庁本部だけでなく、検察庁との協議が続けられた。

「何をためらっているんですか。このまま見過ごしたら、この人たちは死ぬかもしれない」

 現場にいる警察官たちの言葉は強くなっていく。捜査第1課ナンバー2の理事官として現場に立ち会っていた山田正治氏(後に捜査第1課長)は、「ここは治療室ではない。医師らによる監禁」と判断、他の信者も含め4人の現行犯逮捕に踏み切る。その後、100人を超えるオウム信者の逮捕者第1号でもあった。

身の危険を案じて……

 オウム真理教の機関誌「ヴァジラヤーナ・サッチャ」は、強制捜査開始後、「実録・オウム真理教強制捜査」なる大特集を組んだ。その中で「教団施設内にあった食べ物を勝手に食べた警察官がいた」との記述がある。もちろん事実ではないが、こんな話も。

「捜索は初日から大掛かりなものになりました。でも、昼食をとる時間もなかった警察官は相当数いたそうです。何しろ朝が早かったですから、かなりお腹が空いたのではないでしょうか」(前出・記者)

 また当日に家を出る際、自分の身に何か起きるかもしれないからと、家族と水盃を交わした機動隊員もいたという。

「着手と同時にサリンなど有毒ガスを散布して対抗する」「施設内にいる信者が集団自決をしている」――幹部が想定した最悪のシナリオはこの2つだったという。幸い、どちらも起こらなかったが、命がけの捜査だったことは間違いない。

デイリー新潮編集部

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