コンビニのトップに求められるのは「舌」だ 高給の経営者に庶民の味がわかるのか…セブンを築いた鈴木敏文氏の味覚
鈴木敏文氏は休日でもコンビニ弁当を食べていた…?
今でこそ厳しい評価にさらされているセブン-イレブンだが、かつては弁当が3大チェーンの中で最も美味しいと評価されていた。これに異論のある読者は、あまりいないのではないだろうか。筆者は、セブン-イレブン・ジャパンの実質的な創業者で会長を務め、ホールディングスの初代社長でもあった鈴木敏文氏の“舌”にその理由があると考えている。鈴木氏の舌が、多くの日本人が美味しいと感じる味覚と合致していた、というわけである。
鈴木氏は、休日でも自宅近くのセブンで弁当を購入し、食べていたという話がある。会食の回数も少なかったと言われており、これらは噂の域を出ないものの、鈴木氏の舌が庶民的であると感じさせるエピソードだ。 実際、セブンで食品開発を経験した人間が他のコンビニに転籍し“セブン流”を持ち込んでも、少なくとも「味が落ちた」といったネガティブな評価をされることは滅多になかった。鈴木元会長の「舌」が日本の消費者に支持され、その基準で鍛えられた商品開発の手法が確かなものであった証拠といえるだろう。
だが舌の評価というのは難しい。1990年後半の一時、ローソンでは本社内にある「ローソンラボ」という施設で開発した商品を社員に試食させ、その評価を元に商品を改良していた。
社員は事前に「五味試験」というテストを受ける。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味をきちんと評価できる社員を選んで、試食させるのだ。筆者は全くグルメではないが、五味試験の成績が良く、頻繁にラボに呼ばれ試食した。一方グルメを自称していた先輩は五味試験の成績が悪く、全くラボに呼ばれないので、気まずかった。グルメの舌と、多くの国民が美味しいと感じる舌は違うことは、こんな例からも窺える。
「ひとり負け」セブン
大手コンビニの中食の商品開発の手法は、各社大きくは変わらない。消費者の嗜好や世の中のトレンドや市場環境を踏まえ、外食などの競合を調査・分析し、開発方針を決定する。つぎに製造工場や原材料メーカーなどと組み(チームマーチャンダイジング)味や品質とコストと照らし合わせながら試作を繰り返す。そしてチームで最終完成品を決定し、役員やバイヤーが所属する部署の属長などが最終判断を行い、発売となる。 社の戦略に関わる主力商品の場合は社長プレゼンで方向性が決定される。開発のやりかたはどこも似ているから、その分、携わる人間の舌で差が現れる。
ちなみにテレビドラマでは、開発担当者がひとつの商品にかなりの時間をかけて試行錯誤するような場面があるが、実際は異なる。コンビニ業界は味やコストとともに「商品開発数」がものをいうため、1品に時間をかけるのは好ましくない。チームマーチャンダイジングで仕事を分担し、商品を次から次へと発売していく手法がほとんどだ。
セブンは1日の売上こそ他チェーンと比べて大きく上回っているのだが、最近の売上前年比が「ひとり負け」していることが度々報じられている。2月の数字をみても、セブンの既存店売上高は前年比0.4%増にとどまったのに対して、ファミマは3.4%増、ローソンは5.7%増だった。
日本のコンビニ業界でチームマーチャンダイジングを確立させたのはセブンであり、その点を見ても同社がコンビニの雄であることは間違いない。とはいえ、鈴木氏が一線を退いてもう9年になる。過去のノウハウの蓄積だけでは、顧客から支持される中食の開発が難しくなっているのかもしれない。そして「上げ底問題」などによる中食への不信感が、ボディブローのように売上不振のかたちで現れているのではないだろうか。
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