「サカナクション山口」は熊本城ホールを絶賛、「山下達郎」は聖地・中野サンプラザの難しさを口に…“音楽ホール不足”より気になる“音響問題”とは

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山下達郎と中野サンプラザ

 中野サンプラザホールでは、建て替え前のファイナル公演を観た。ここは山下達郎で幕を下ろしている。山下にとってサンプラザはホームのような会場で、ホール側も同じ認識だっただろう。演奏といい、歌といい、ラストの夜にふさわしいショーだった。終演後はお客さんや周辺に住む人たちがサンプラザを囲み、別れを惜しんでいた。

 山下はライヴのMCで、サンプラザは必ずしも音響に優れたホールではないと話していた。音をつくる難易度が高いホールだとも。客席数は約2000で、音響スタッフは長い年月をかけていい響きを追求してきたはず。ホール側も壁や椅子の材質など改善を重ねた。演奏者、スタッフ、会場、そして客……、みんなで音のクオリティを高め、ホールを育ててきたのだ。

 きざな言い方をさせてもらうと、たくさんの人の愛がホールの音をつくってきた。それをリセットしてしまうのは、建物の老朽化ゆえしかたがないとしても、惜しい。

紀尾井ホールとロック

 紀尾井ホールは、筆者自身が何度もトークライヴショーを行い、その素晴らしさを体験させてもらった会場だ。トークライヴは公開インタビューとアーティストの演奏をパッケージしたイベントだった。ロックギタリストのChar、ピアニストの上原ひろみ、クラシックギタリストの村治佳織などを招いて行った。

 紀尾井ホールはクラシック向きの設計で、生音で音楽を聴ける客席数約800の中ホール。そこでロックギタリストのCharが演奏した。このホールで、ロックをやるのは初めてだったらしい。Charの演奏で、一級のクラシックのホールはロックでも極上の響きになることを証明した。その後、Charは自分自身のツアー会場にも紀尾井ホールをセレクトしている。

 上原もこのトークライヴが初めての紀尾井ホールだった。マイクを使わず、ピアノの生音だけで6曲演奏した。ピアノのボディそのものを鳴らし、ホール全体が楽器であるかのように響いた。彼女も後に自分のソロピアノのライヴを再び紀尾井ホールで開催している。

ホールは生きもの

 ホールは生きもの 。伝統ある会場はたくさんの音楽家の音を吸い、息を吸い、汗を吸い、そのホールだけの響きを育んでいくと言われる。

 建物がほんとうに呼吸しているのか――筆者には判断できない。ただ、長い年月、アーティストやエンジニアやホールのスタッフが、そこの最高の音を求め、試行錯誤してきたことに疑う余地はない。実際に、竣工したばかりのときの音よりも、2年目、5年目、10年目のほうが、いい響きになっていく。ありとあらゆるジャンルの、ありとあらゆる音楽家が、ホールのポテンシャルを引き出して今がある。

 たとえばかつて日本武道館は音がよくないと、多くの音楽ファンに言われていた。しかし、そういうネガティヴな声は減っている。いい音を実現するために何千何万のアーティストや音響スタッフが考え抜き、実行し、そのデータが積み重ねられ、引き継がれてきた。

 東京ドームや大阪ドームも同じだと思う。そもそもドームクラスでのイベントは、音の良さを味わうためのものではないと考えたほうがいいのだろうが、それでも昔に比べれば格段に音は良くなっている。

 老朽化などの事情はあるにせよ、関係者が何十年もかけて作り上げた音響がリセットされるのは寂しいことではある。せめてリニューアルしたホールでは、これまでの積み重ねの上に、新しい技術を加え、かつて体験したことのない響きを聴かせてほしい。

神舘和典 1962(昭和37)年東京都生まれ。雑誌および書籍編集者を経てライター。政治・経済からスポーツ、文学まで幅広いジャンルを取材し、経営者やアーティストを中心に数多くのインタビューを手がける。中でも音楽に強く、著書に『不道徳ロック講座』など。

デイリー新潮編集部

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