35歳での妊娠、直面した「染色体検査“陽性”」の現実 「出生前検査」が投げかける課題とは
母体からの採血で胎児の染色体が調べられるNIPT(新型出生前〈しゅっせいぜん〉検査)。
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今の医学でわかるならすべて知っておきたい、受けておけば安心……望めば受けられるハードルの低さから、希望する人が増えている。しかし実情は日本医学会が認証する施設と無認証施設が混在し、溢れる情報はどれも正しく見える一方、意外な落とし穴もある。
35歳で妊娠に気付いた麻衣さん(仮名)はNIPTを受け、思わぬ結果に動揺し次第に妊娠を続けることが怖くなり「もう中絶するしかないのかな」と思うようになったという。出生前検査で陽性となった先に、何が待ち受けているのか。
NIPT取材に取り組んだ毎日新聞取材班の『出生前検査を考えたら読む本』より、一部冒頭を紹介する。【全2回(前編/後編)の前編】
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検査結果に動揺し、中絶手術を申し込んだが――
2022年5月、記者が大阪府郊外のバス停に降り立つと、今にも雨が降りそうな、薄暗い曇り空だった。緑色の葉っぱが生い茂る街路樹の間を通り抜けて、マンションに向かう。駐輪場には、子ども用の自転車が何台も並んでいた。
インターフォンを鳴らすと、麻衣さん(仮名)が「どうぞ」とドアを開けて、招き入れた。居間には、おままごとセットの台所やブロックなどおもちゃが置かれ、壁には額に入った子どもの写真が飾られている。
麻衣さんは生後5カ月の次男・湊君(仮名)を抱っこひもで抱えて、ゆっくり揺らしてあやしていた。湊君は時折、「あー」と声を出し、ふっくらとした手足をばたつかせる。記者が構えた一眼レフカメラを興味津々に見つめ、手を伸ばしてつかんだ。そして、つぶらな瞳でにっこり笑う。
麻衣さんは、髪の毛の生えそろっていない湊君の頭を、やさしくなでた。
「出産して初めて顔を見たときに、元気で会えてうれしいなという気持ち……それだけでしたね。こうして抱っこしていると温かくて。元気にしている姿を見ると、本当に良かったなって思うんです」
湊君に抱いた感情は、それだけではなかった。
麻衣さんは椅子に腰掛け、茶色い木目のテーブルに1枚の紙を差し出した。そこには、妊娠中にある検査結果を知らされた時の心境が綴られていた。
「思い出すと泣けてくる。
元気に育っていると言われた赤ちゃんを、よくわからないまま自分で結論づけて死なせてしまおうとしていたその行為がおそろしい。なんていうことをしようとしていたんだろうと罪悪感が高まって胸が苦しかった。」
麻衣さんが受けた検査は、お腹の赤ちゃんの病気の有無を調べるNIPT(新型出生前検査)。麻衣さんは、検査の結果に動揺し、大学病院で中絶手術を申し込んだ。幸いにも、機転を利かした医師によって救われたのだった──。
お産と無縁の「美容系クリニック」でも受けられるNIPT
NIPTは妊婦の血液を採取して、その中に含まれる赤ちゃんのDNA(デオキシリボ核酸)の断片を分析する仕組みだ。ヒトのDNAの解析技術が向上したことで実用化され、日本では2013年に本格的に始まった。
そんなNIPTを取材する中で、大学病院の医師から「よそのクリニックでNIPTを受けた妊婦が、『陽性が出た』とパニックになって、ここに駆け込んで来ることがある。大問題なんだよ」と聞かされた。NIPTはこれまで、大学病院などで実施されてきたが、最近ではお産と無縁の美容皮膚科や内科のクリニックなどにも広まっている。こうしたクリニックで検査を受けて陽性となったときに、十分なフォローがなく、戸惑いながら大学病院を受診するケースがあるというのだ。
こうした事例は、その一部が学会で報告されていたものの、公的な統計はなく、一般にはあまり知られていなかった。私たちは手掛かりをつかむため、まずは、陽性となった妊婦の駆け込み寺となりうる大学病院や国立病院に取材を申し込むことにした。まだ新型コロナウイルス感染症への対策が強化されていた時期で、多くの病院は、院内感染を防ぐために部外者の立ち入りを制限していた。記者も例外ではなく、取材のアポを取ることすら一苦労だった。
それでも、私たちの取材趣旨に理解を示した医師や遺伝カウンセラーが、診療の合間を縫って会ってくれた。そして、自院で経験したケースを告白し始めた。
日常生活にほとんど支障が出ないような染色体の変化まで調べている場合も…
「他のクリニックでNIPTを受けて陽性となった方が、相談しにきた。本当は偽陽性(ぎようせい・本来は陰性と出るべきなのに、陽性と出ること)の可能性があったが、その方は動揺していたため、調べ直さずに中絶してしまった」
「美容皮膚科クリニックのNIPTでは、日常生活にほとんど支障が出ないような染色体の変化まで調べている。そうした項目でも陽性となれば、夫婦は非常にショックを受けて、産むかどうか迷っている」
「NIPTは本来、偽陰性が極めて少ないはずだ。しかし、あるクリニックでNIPTを受けた方に限って、立て続けに偽陰性が出た。検査のあり方に何らかの問題があるのではないか」
私たちが取材で聞き取ったケースの一部だ。これらの状況に置かれた夫婦が心理的に衝撃を受け、悩んだことはたやすく想像できる。駆け込み寺となる医療機関にとっても、対応が難しい場合があるのだろう。
一方で、「どうして、産科以外のクリニックで検査を受けようと思ったのだろうか。陽性となったら、どういうことに困るのだろうか」と、疑問もわいてきた。
こうした疑問を解き明かし、検査の背景にある課題を記事で示すためには、検査を利用したカップルに話を聞かなければいけない。とはいえ、カップルにとって、中絶につながる検査で陽性となったときのことを思い返すのは心理的に辛い。取材を断られ続ける中で、ようやく協力を得られたのが、冒頭に登場した麻衣さんだった。
出生前検査で陽性となった先に、何が待ち受けているのか。
科学技術の発展とともに、検査項目を拡大し続ける出生前検査は、カップルに何をもたらすのか。
私たちはまず、検査の利用者を訪ね歩く取材を始めた。
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後編【染色体異常の検査で「陽性結果」に動揺 中絶を申し込んだ妊婦を救った医師の機転 「出生前検査の見えないリスク」とは】では、陽性の検査結果を受け、一時は妊娠継続断念を決めた麻衣さんが「私のような事例があることを、これからNIPTを受ける人たちに知ってもらいたいです」と語るまでの顛末をお伝えしている。