「日本アカデミー賞」で歴史的な番狂わせ! 「侍タイムスリッパ―」が“1館上映スタート”から奇跡の最優秀作品賞に…聖地凱旋までの全舞台裏
日本アカデミー賞に革命を
「今回のようなインディーズ系の自主制作映画が、日本アカデミー賞で最高栄誉に輝いたのは、もちろん初めてのことです。その意味でも『侍タイ』は、日本映画界に、“革命”をもたらしたといっても過言ではないと思います」(映画ジャーナリスト氏)
日本アカデミー賞は、今回で「第48回」。そろそろ半世紀を迎えようとしている。だが、
「発足当初から、批判や不満が絶えない賞でした。特に北野武監督は、かなり早い時期から『日本アカデミー賞は大手の松竹、東宝、東映の持ち回り。たまに日活がもらえる』と、堂々と批判していました。また、発足時の会合に出席した山本晋也監督は、著書で『大賞は大手持ち回りで、と説明されてがっかりした』などと“暴露”しています」
たしかに、第1回は、松竹「幸福の黄色いハンカチ」が独占。第2回も松竹の「事件」「鬼畜」が独占、第3回も松竹「復讐するは我にあり」が独占。第4回で初めて独立系の「ツィゴイネルワイゼン」が受賞したが、以後も大手配給作品がつづき、映画ファンは、すっかりしらけてしまったものだ。
「特に忘れられないのが、第2回で最優秀音楽賞(『燃える秋』『愛の亡霊』)を受賞した武満徹の挨拶です。『アメリカのマネではないか』『撮影、録音、照明、効果、美術などを技術賞にまとめてしまい、現場をないがしろにしている』『もう来年は出ない』と公言したのです。受賞者本人から、しかも世界的な作曲家にそこまで言われ、関係者は凍りつきました。司会の宝田明が『まあまあ、お祭りですから』となだめておさまりましたが、この調子では、来年からは、まともに開催できないんじゃないかと、誰もが思ったものです。でも、この“武満発言”のおかげで、翌年から、技術関係の賞が、細かく部門別に分かれたんです」
その後も、御大・黒澤明による批判発言やノミネート辞退、高倉健の辞退などもあり、日本アカデミー賞は、“迷走”がつづいた。第10回では、誰が観ても日本映画ベストワンと思われた「海と毒薬」(熊井啓監督/ベルリン映画祭銀熊賞、キネ旬第1位)が、1部門にもノミネートされず、特別賞企画賞と称するわけのわからない賞を受賞。結局、松竹「火宅の人」が独占するという事態は、マスコミでも大きな話題となった。
「その後、第19回『午後の遺言状』(新藤兼人監督)、第30回『フラガール』(李相日監督)、第43回『新聞記者』(藤井道人監督)、第44回『ミッドナイトスワン』(内田英治監督)、第45回『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)と、独立系の最優秀作品賞受賞が増え、ようやく“大手持ち回り”の様相を脱するようになりました。しかし、それでも、小規模な“自主制作”映画の受賞など、まず考えられませんでした」
それだけに、「侍タイ」の快挙は、“革命”だったのである。そんな「侍タイ」の、受賞翌日の舞台挨拶が、大手シネコンではなく、最初に上映された、池袋シネマ・ロサと、川崎チネチッタでおこなわれた。
「聖地に帰ってまいりました!」
さっそく、3月15日の、池袋シネマ・ロサでの上映後舞台挨拶にうかがってきた。いうまでもなく193席の客席は、完全満席である。驚いたのは、かなりの観客が、その前の川崎チネチッタでの上映・舞台挨拶からそのまま移動してきていることだ。彼らは、“ファン”を超越した、“侍タイ・ファミリー”と称されているらしい。
拍手喝采、大声援、手拍子でのエンド・ロール後、舞台上には、安田淳一監督のほか、冨家ノリマサ(風見恭一郎役)、助監督・沙倉ゆうの(映画でも助監督優子役)、峰蘭太郎(殺陣師関本役)、紅 萬子(住職の妻節子役)など、総勢11人が登場した(主役の山口馬木也=高坂新左衛門役は、仕事の都合で欠席)。
筆者も、長年、映画関係の取材をしているが、まさか、日本アカデミー賞最優秀作品賞の舞台挨拶を、受賞翌日に、池袋シネマ・ロサで見ることになるとは、夢にも思わなかった。安田監督は、開口いちばん、「聖地に帰ってまいりました!」と挨拶した。客席の興奮状態は、頂点に達する。
またこの日、殺陣師を演じた峰蘭太郎は、剣道着で登場。後ろには、「福本清三」の名が染め抜かれていた。実は、本作での殺陣師役は、その福本清三が演じる予定だった。だが、撮影開始前の2021年1月に、肺がんのため、77歳で逝去。そこで、弟子筋にあたる、おなじ東映剣会(東映京都の殺陣俳優グループ)に所属する峰蘭太郎が起用されたのだった。お気づきの方も多いと思うが、本編では、その福本清三への追悼献辞が英文で出る。
「峰蘭太郎さんは、大川橋蔵の付き人出身で、現在、日本映画界でトップクラスの殺陣師です。その師匠・福本清三さんは、生涯で“5万回死んだ男”と呼ばれる、日本一の斬られ役・殺され役でした。ハリウッド映画『ラスト サムライ』で、ひとことも話さない、“サイレント・サムライ”を演じていたひとです。峰さんは、映画でも着用していた、その師匠の袴を着けての登壇でした」(映画ジャーナリスト氏)
安田監督も、前日の授賞式の挨拶で、「頑張っていれば、誰かがどこかで見ていてくれると、いつもおっしゃっていた福本清三さんに見せてあげたいです」と、語っていた。
こういったベテランの起用が、細部にリアリティをもたらし、単なるコメディの枠を超えた感動作品に昇華したのだろう。
池袋シネマ・ロサは、「インディーズフィルム・ショウ」と題し、自主制作映画の上映に力を入れている。HPによれば、基本的に、どの作品も1~2週間限定上映である。だが、「侍タイ」だけは、「上映中~終了日未定」と出ている。
「侍タイ」の興行収入は、現在、9億5000万円を突破したと報じられている。10億円突破は目の前である。
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