トランプ米大統領のもとで深まる「縁故資本主義」とは何か? アメリカ社会が「フェアではない」理由
2018年と19年に立て続けに墜落事故を起こしたボーイング社の最新鋭旅客機737MAX。
その事故の背景に鋭く迫ったのが、24年12月に発売されたノンフィクション『ボーイング 強欲の代償 連続墜落事故の闇を追う』だ。
同書の著者である朝日新聞経済部の江渕崇氏は、前のトランプ政権期と重なる17~21年、ニューヨーク特派員としてアメリカに駐在した。
事故の背景を追ううちに見えてきたのが、ボーイングが規制当局に近づき、安全審査を骨抜きにしていく「規制のとりこ」の構造だ。さらに、前トランプ政権下において企業側と政権側をより近づけたのが、「コネ」で結びついて利益をむさぼる「縁故資本主義」だった。
江渕氏が特派員として目の当たりにしたトランプ大統領の行動原理「縁故資本主義」とはどんなものか? そして、従来のイメージを覆す「アンフェアな」アメリカ社会の現実とはいかなるものだったか?
以下、同書から追ってみよう
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「政治マシン」化する企業、割を食う生活者
多くの人が抱く「厳しいがフェアな競争社会」というアメリカのイメージは、私の観察とは違う。
顧客の支持を得ようと競争に徹するのが本来の株主資本主義のはずだが、政府関係者や有力者に働きかけて超過利潤や利権を得る「レントシーキング」が、いくつもの業界ではびこっていた。もっともらしい理由をつけて不合理な規制を当局に設けさせるなどし、日本企業などのライバルを邪魔する実例を、私は日本人駐在員たちから聞かされた。
規制の強化であれ緩和であれ、表向きは消費者の便益、経済全体の利益のためだと喧伝される政策であっても、現実には特定の既得権益を守るものとして機能する。「規制のとりこ」は金融、製薬、エネルギー、通信、防衛と業界を超えて幅広く観察される。エネルギー商社エンロンによる不正会計事件や、世界経済危機を招いたサブプライムローン問題は、業界の働きかけを受けて歴代政権が規制をゆがめてきた果ての悲惨な結末だった。
737MAX事故をきっかけとしたボーイングの蹉跌も、同じ文脈に位置づけられるものだ。ボーイングは「エンジニアリング企業」から「金融マシン」へと変質していったが、その過程で「政治マシン」としての性格も強めていた。
アメリカは行き過ぎた競争が問題だとの一般的なイメージがあるが、むしろ、健全な競争が足りない領域にこそ、根深い問題が潜んでいる。そうした構造のもとでは、競争を回避したことにより、大株主や経営者に超過利潤が転がり込む。理想的な意味での株主資本主義ではないものの、短期的には株主の利益につながっているから、私たちが目撃しているのは株主資本主義の「亜種」とでもいうべきものだろう。いや、株主資本主義はそもそも、市場の寡占化を通じて、企業を「政治マシン」へと向かわせる力学が働くものなのかもしれない。
では、その陰で割を食ったのは誰か。品質に劣る商品を高い値段で買わされる消費者。不当に低い賃金で働かされる労働者。無駄な補助金の負担や銀行救済のリスクを背負わされる納税者。不正確な情報に基づいて株や債券を買わされる一般の投資家──。つまりは、普通の生活者たちである。
アメリカをむしばむ「縁故資本主義」
おおまかには資本主義市場経済の枠内にあったとしても、特定の企業幹部や富豪が公職者と親密な関係を築き、「コネ」で利益をむさぼる経済体制はクローニー・キャピタリズム(縁故資本主義)と呼ばれる。アジアやアフリカ、ロシア、中南米の新興国や途上国によくみられる。権力者の取り巻きによる利権の独り占めが単に不公正なだけでなく、経済全体の発展をいかに妨げるのかは、政治経済学や開発学の研究テーマとなってきた。
アメリカも高みから他国ばかりを批判できないのではないか。娘のイバンカ夫婦ら親族と取り巻きでホワイトハウスの要職を固めるなど、もはやネポティズム(縁故主義)であることを隠そうともしないトランプ政権の出現は、アメリカ版クローニー・キャピタリズムのなれの果てであった。トランプは一時的に空席だったFAA(アメリカ連邦航空局)長官のポストに、自らのプライベートジェット機のパイロットを充てようと画策したことすらあった。
1.5兆ドルの大減税を実現させた際、トランプはレーガン政権時代の減税に匹敵する歴史的成果だと誇った。しかし、税制改革で恩恵を受けるのは、自営業者のほか不動産投資、巨額の相続、私立小学校の学費といった項目だった。他人を雇い、富が富を生むトランプ一家のような人々や、共和党への献金者たちが得をした。
一方で、雇われて働く人や、高額の住宅ローンを抱えている人、カリフォルニアなど地方税が高く民主党支持者が多い州の住民は、減税されても額が小さいか、逆に増税になっていた。トランプがその味方になると大見えを切っていた「勤勉なアメリカ人」のための税制とは、とても言えない代物だった。
レーガン減税の立案に携わったニューヨーク大ロースクールのダニエル・シャビロに解説を求めた。彼は、同じ減税といってもレーガンとトランプのそれは哲学が根本的に異なると語った。
「どんな収入であれ、等しく課税されるべきだという原理が、レーガン時代の政策の底流にあった。同じ1ドルを稼いだなら、だれでも同じだけの税金を払う。どんな人が、どう稼いだかで、同じ1ドルの価値を区別するトランプの税制とは似ても似つかない。トランプ減税は、誠実な意図のもとで設計されていないインチキ減税だ」
株主資本主義を推し進めたトランプ政権期に、むしろ縁故主義が極まったのは偶然だったと言い切れるだろうか。
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同書には、現代の世界を覆う株主資本主義がどのように生まれ、支配的な価値観となっていったのか、その歴史的経緯と矛盾が鮮やかに描かれている。
就任以来、次々と自らの側近を政府要職に任命し続けているトランプ大統領。株主資本主義と縁故資本主義が結びついた先に、アメリカ社会はどうなってしまうのか? そして、日本はどのような影響を受けるのか?
トランプ大統領の動向がトップニュースを飾る日々は、まだしばらく続きそうだ。