依存症の母親から“オピオイドベイビー”が生まれ…日本人は知らない「悪魔の処方薬」が全米にもらした悲劇と絶望

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「鎮痛薬」が犯罪を誘発する皮肉

 金に余裕があれば“ドクターショッピング(医者回り)”に出かけるが、なければ処方箋偽造に窃盗、強迫にはじまり、クリニックや調剤薬局への強盗など新たな犯罪が生み出された。人を助けるための鎮痛薬が治安の悪化を招いたのだ。同時にアウトサイダーが参入してくる。こうなると違法薬物の売買と変わらない。

 彼らはありとあらゆる方法でオキシコンチンを手に入れては転売・密売するようになる。正規の販売価格は10ミリグラムで10ドル(約1500円)、これが5~10倍に高騰したこともある。若者たちにもオピオイドは飛び火する。病気の親の錠剤の盗むことから始まり、あとはお決まりのコースだ。バージニア州のある高校では24%が少なくとも一度はオキシコンチンを経験したという報告もある。

 お酒やBZP(ベンゾジアゼピン系の睡眠薬)と一緒に使用する者も出現した。車両から若者数人の変死体が発見され、車内にはオキシコンチンなどの処方薬と酒瓶が散乱していたという事件も発生する。

 さらに、乱用者たちはオキシコンチン徐放剤に速効性をもたせ効果を強めようと錠剤を粉末状にしてスニッフィング(鼻腔吸引)、あるいは注射して使用するようになる。こうなると事態はより深刻化する。過剰摂取による死亡者数は急増、1999年の3,442人から2017年には1万7029人(処方薬のみで)に増加して行った。

「オピオイドベイビー」

 また、オキシコンチンをはじめとするオピオイドは、当人のみならず、コカインなどと同様に生まれて来る子供たちへの影響も確認されている。オピオイド依存者が妊娠すると子供は母体にいながらオピオイドに冒されてしまう。それどころか毎日摂取しなければ胎児は発作を起こし、死んでしまう。アメリカの専門医に“オピオイドベイビー”について詳しく話を聞ける機会があった。その医師はこう話してくれた。

「無事に生まれたとしても約1ヵ月間は薬物に対する離脱療法を行う。赤ちゃんには発作を抑えるためのフェノバルビタール(※向精神薬)を投与し、ミルクにはモルヒネを数滴加えて飲ませる。毎年大勢の新生児たちが依存症のままに誕生している。これは悲劇だ!」

 結局、1996年以降、約50万人がオピオイドの過剰摂取で死亡し、そのうち半数はオキシコンチンなどの処方薬が原因だとされている。ここで州や国も本格的に動くことになる。

「企業利益を上げるためにオピオイドを利用した」
「オピオイドの不正使用に関する報告を怠った」
「反キックバック法(※利益の一部を医師等関係者に還元することを禁じる法律)に抵触する」

 これらの理由からDEAをはじめとする捜査機関は製薬会社の捜査に着手。医師、調剤薬局などその関係者まで摘発の対象となった。これに合わせるかのようにオクラホマ州は、「会社は誤解を招く広告手法で医師や患者にオピオイドの過剰摂取を促し、2000年からの20年間で州内6000人を中毒死においやった」として、パデュー社に触発されてオピオイド処方を奨励した、業界大手のジョンソン・エンド・ジョンソンを提訴する。これは全米でも初となる訴訟劇であった。

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