「1年で10万人」が犠牲に…全米に蔓延する「オピオイド禍」最大の元凶は350億ドルを荒稼ぎした「製薬会社」だった
「FDAからも許可された奇跡のクスリです」
ところが、パデュー社は<オキシコンチンは徐放剤であり陶酔作用を求める薬物乱用者には役立たない><処方通りに服用すれば依存症の危険性は0.5%しかない>と、半ば詐欺的な申請を行ない、許可を得たと思われる。そもそも、同社は「MSコンチン(MS Contin)」というモルヒネ製剤(※今でも世界で使用されている)の特許を持っていたが、これが切れるのを機に、オキコンチン徐放剤を目玉商品として開発している。コンチン(Contin)とは「続く=Continue」に由来しているとのこと、つまり鎮痛作用が長時間続くということだろう。
当時は、医薬品の広告に関する規制が緩和され、また、“痛み”そのものが血圧や体温、脈拍数と同じ重要なバイタルサインとして評価されるようになった時期でもあった。そうした情勢を追い風にして、パデュー社は徹底したオキシコンチンの販売戦略を開始する。
ドラマ「ペイン・キラー」を観た読者ならすでにご存じだと思うが、同社の営業マンたちは医薬品セールスとは思えないほどの勢いで全米を奔走し、医師・歯科医師に対して接待攻勢をかけてゆく。
見栄えの良い営業マンが「依存率は1%以下です」「がんの痛みだけではなく、腰痛や歯痛などの症状にも処方することが可能で、FDAからも許可されています」「長時間効果があるため、患者が夜中に痛みで起きないで済みます。奇跡のクスリです」などと説いて回り、オキシコンチンのロゴ入りペンやバインダー、錠剤のサンプルまで惜しげもなく配りまくった。
営業マンに10万ドルのボーナス
医師たちを豪華な食事やゴルフ接待に招くことは日常茶飯事となり、セミナーやイベントの名の下、旅行にまで連れ出す始末。クリニックの女性職員や看護師にも毎回、花束や割引券を持参するなど、恐ろしいほどの気の遣いようだったという。ドラマの中で、セクシーな美人営業マンが笑顔を振りまきながらドクターたちを翻弄するシーンが出てくるが、「なるほどこういうことだったのか」と理解できたような気がする。
営業マンに唆された、あるいは金に目がくらんだ医師たちは、オキシコンチンの処方箋を乱発する。さらに信じ難いことには、パデュー社は1錠に“160ミリグラムのオキシコドン”を含有するオキシコンチンも製造し、営業マンは何ら躊躇することなく「大丈夫です」と言いながらこの錠剤を処方するよう医師たちを説得したという。これは、「毒を売れ」と言っているようなもので、明らかに常軌を逸している。ちなみにオキシコンチンは10~80ミリグラムを1日に2~4回に分けて投与する。これが日本を含む世界の医療現場で標準処方になっている。筆者がパデュー社製のオキシコンチンを“毒”と呼んだ理由をご理解頂けるだろうか。
公表されている資料によれば、オキシコンチン発売後の5年間で、処方回数は年67万回からなんと600万回に増加、売り上げは10億ドルを突破し、最終的には、約350億ドル(約3兆8500億円/2020年の為替レート)まで膨らんだとされる。営業マンには多額のインセンティブが出され、優秀者は四半期ごと10万ドル(約1500万円)のボーナス受け取っていたそうだ。
医師たちにも実質上のキックバックあったようで、これに加えて保険会社から多額の医療費が還元されるので巨万の富を築いた医師もいたという。当時、「ピルミル(Pill mill=錠剤工場)」と揶揄されるペインクリニック(痛みの専門外来)が、フロリダを中心に乱立した。極端な話、ピルミルは料金さえ支払えば誰にでも簡単にオピオイド処方するわけだ。なかには、診療もせず処方箋を机の上に置いて「はい、今日は何が必要ですか」といきなり口にする医師もいたそうだ。
第2回【依存症の母親から“オピオイドベイビー”が生まれ…日本人は知らない「悪魔の処方薬」が全米にもらした悲劇と絶望】では、依存者の急増がアメリカ社会にもたらした絶望的状況について詳報している。