「現場に来てくれ」「任せます」…名バイプレイヤー「大杉漣さん」を悶絶させた“世界的名匠”のシンプルすぎる指示

  • ブックマーク

 俳優、歌手、タレント、芸人……第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いは何か――。コラムニストの峯田淳さんは、日刊ゲンダイ編集委員として数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけています。そんな峯田さんが綴る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第7回は、貴重なバイプレイヤーとして数々の作品で強い存在感を示した俳優の大杉漣さんです。

袋に入っているだけなのに…

 バイプレイヤーは出演作が多岐にわたるから、当然ながら、いろんな顔を演じることになる。そうしたなかハイレベルな演技で主役を食うくらいの存在感を放つ俳優となると限られる。

 大杉漣に話を聞いたのは、彼が急性心不全で亡くなる2年前の2016年だった。連載タイトルは「300の顔を持つ男の矜持」。「300の顔」と語ったのは本人だった。

 高名な老作家を演じたかと思えば、極悪人、個性的な同性愛者……。いや、顔がないこともあった。三池崇史監督「オーディション」(2000年)で演じたのは麻袋の中でモゾモゾしながら「ウーウー」と悲しげな声を上げるだけの謎の男。

 役柄は「体が不自由な年齢不詳の男」とだけ知らされた。麻袋に入ることは聞いていないから、ヨレヨレのパンツに汚しのメイクをして早朝から出番を待った。

 ところが、昼になっても声がかからず、呼ばれた時はすでに夕方。三池監督の指示は、

「その麻の袋に入ってくれますか。そして、ずっと小さくうめいてください」

 なーんだ、それならヨレヨレのパンツも汚しも必要なかったと思いながら袋男を演じた。それだけなのに、撮影は深夜までかかる過酷なものだった。

 この話にはオチがある。観た人から「袋に入っていたのは漣さんでしょ!」と言われたそうだ。見えてなくても出ているのがわかるなんて役者冥利に尽きる。その言葉が素直に「うれしかった」そうだ。

北野武監督との名コンビ

 役者人生の中で、絶望的な気持ちで発した意味不明(?)な言葉もある。北野武監督(78)の「キッズ・リターン」(96年)でのことだった。

 北野作品では「ソナチネ」(93年)に出演。北野監督演じる、村川組長の片腕である片桐を演じた。この映画は東京編、沖縄編、石垣辺編、沖縄編と4つのパートに分かれている。大杉は当初は東京編に出る予定になっていたが、北野監督から、その後の沖縄編にも連れて行きたいと言われ、最後の沖縄編まで出演することに。よほど気に入られたのだろう。

 そこ「キッズ・リターン」でも出演することになり、本人は大いに期待していたのに、なんと出番はワンシーン。それもたまたま居合わせたタクシー客という役どころだった。

 監督からは「とにかく現場に来てくれ」とだけ。北野監督の言葉はワンフレーズが多い。撮影場所は大杉の自宅から近い、代々木公園近くの参宮橋だった。

 現場に出かけると、監督からは、

「大杉さんの役は会社をリストラされ、送別会を開いてもらい、酔って部下と一緒にタクシーで帰るサラリーマンの男」

 と、要点だけの簡潔な説明を受けた。セリフがあるのか訊くと「大杉さんに任せます」。そう伝えた監督は気がついたら、離れたところでスタッフとキャッチボールを始めていた。

 アドリブか! 何を言えばいいの?

 大杉は舞台出身で知られていた俳優。それも原点は「沈黙劇」だ。そもそもセリフが得意ではない。困り果てた大杉はタクシーに乗り込む前に15分ほど時間をもらった。勝手知ったる土地柄だから近所の乗馬クラブに急いで行き、木にもたれかかった。その時の心境を「精神的に悶絶していた」と笑いながら語った。ややあって本番の声がかかり、部下役の俳優とタクシーに乗り込んだ。

 何も思い浮かばないから腹を括って口から出まかせをしゃべった。その内容は支離滅裂だった。

「もうリストラで…リスとトラで動物園じゃあるまいし…俺はリストラだよ」

 出来上がりは異なるのだが、気になるのは映像をチェックした北野監督の反応だ。「はい! お疲れさまでした」と一発OKだった。拍子抜けもいいところ。

 北野監督の一言は「現場に来てくれ」「任せます」「お疲れ様」とシンプルだが、役者はこんなにも葛藤、格闘する。結果的に「ワンシーンのみの出演が、こんなに深く記憶に残っている稀有な現場となった」と語った。

次ページ:とことん優しい人

前へ 1 2 次へ

[1/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。