中国EV車躍進の再来? 「ディープシーク」登場で沸騰する中国AIバブルの「バカ騒ぎ」をバカにできない理由
中国国産AI(人工知能)「ディープシーク」の登場で今、中国は大騒ぎになっている。AIのことなどよくわかっていなかった企業が「このビッグウェーブに乗り遅れるな」とばかりに大号令をかけ、「なんでもいいからわが社の商品にディープシークを」という、ムーブメントが起きているのだ。バカみたいな状況ではあるものの、「情報弱者を食い物にして、その屍の上にハイテク産業を築く」のが中国の勝ち筋であることは忘れてはならない。(ジャーナリスト/高口康太)
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世界のディープシーク・ショック
まず、ディープシークとはなにか、簡単におさらいしておこう。中国の新興AIベンチャー・ディープシーク社は1月20日、新型AIディープシーク R1を発表した。当時最高性能だった米OpenAIのo1に匹敵する性能で、かつ開発、運用ともにきわめて低コストという特長がある。
R1の登場により、「こんなに安くAIが作れるならば、半導体需要がなくなるのでは」との思惑からエヌビディアをはじめとする半導体株が急落した。また、「中国からこんな高性能AIが出てくるなんて、今までの規制はムダだったのか!? 米国は技術的、軍事的優位をキープできないのでは? もう規制はムダか、それとももっと規制を強化すべきか」と地政学的な論争にもつながった。
また、ディープシークは1月末までに1億ユーザーを獲得、そのアプリは世界140の国と地域のアプリストアでダウンロードランキング1位を獲得した。中国発のAIが世界市場を席巻してしまうのでは、入力した情報が中国政府の手にわたる危険があるのではとの懸念も浮上した。
とまあ、ここまでの話は日本のメディアでもたっぷり報じられている話で、ショックもすでに落ち着きつつある。だが、ディープシークの波紋はまだまだ続いている。それが中国国内のディープシーク“バブル”だ。
猫も杓子もディープシーク
「ディープシークを実装していない自動車はもう売れないでしょう」
中国の自動車メディア関係者の発言だ。「車にチャット型AIを搭載する必要ってあるの?」と疑問に思ってはいけない。中国ではBYDや吉利汽車、東風汽車など20社を超えるメーカーが、自社の車載システムにディープシークを統合している。「この近くの観光地は?」といった質問や、エアコンや車内灯の操作を音声で行えるようになるのだとか。自動車だけではない。スマートフォン、家電への搭載や証券会社、金融機関、病院、学校での実装、さらには地方政府でもAI公務員を登用したなど、発表が相次いでいる。
真面目にとらえるならば、ディープシークのプログラムは、誰でも自由に改造して利用できる、オープンソース・ライセンスで公開されていることが、一気に応用が広がっている要因と言える。
ただ、実態は違うだろう。今までは「AI? なんじゃそれ」みたいな態度だった決裁権を持つ上司が、「ディープシークはすごいぞ! 米国の規制を打ち破って、中国が生み出した愛国AIなんだ。予算つけるから我が社でも使える方法を考えてくれ」とミーハー的感性でディープシーク・ブームに乗っかった結果ではなかろうか。
すでに中国国内では「ディープシーク導入! 早くも文書作成の効率が80%向上しております」という嘘か本当かわからないプレスリリースが飛び交っている。もちろん、実装してすぐに効果検証などできるとは思えない。ブームに乗って世間に自慢したいだけという匂いがぷんぷんする。
また、明らかに真偽が疑われる話も。たとえば、深セン市龍崗区政府は「ディープシークによって、市内の監視カメラの映像検索が可能になりました。早くも数多くの行方不明者を発見しております」と発表しているが、実は7~8年前から監視カメラ網への画像認識AIは実装済み。ミーハーな上司に「ディープシーク実装の成果をなにかひねりだせ」とつめられた部下が、過去の技術にディープシークという新しいラベルを貼って発表したのでは、という見方もできる。
他にも世界最大の日用品卸売市場として知られる浙江省の義烏小商品市場で、「商品説明動画の字幕をディープシークで多国語翻訳。中国が生んだすごいAIの力で世界に商品が売れるように」という発表もあったのだが、これまた1年前にほぼ同内容の発表があった。前から出来ていたことを、ディープシーク・パワーで実現、と“改ざん”したわけだ。
バブルのおこぼれはハードウェア業界にも及んでいる。「社内にディープシークが動くサーバーを設置できます!」を宣伝文句とした「ディープシーク一体機」と呼ばれるサーバー用コンピュータが次々とリリースされている。その中にはファーウェイや龍芯などの中国国産半導体で作られたものもある。ハードウェアもソフトウェアもすべて中国製で動くとなると、性能はイマイチでも愛国心を大いに満足させてくれる製品となる。
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