60歳を超えたら資産を自分のために使い切ることを目指してもいい 「やりたいことをもっとやっておけばよかった…」と後悔する前に(中川淳一郎)

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 現在、タイの首都バンコクに滞在中です。佐賀で行きつけの屋台の女将(おかみ)・美代子さん(78)と、その娘さん(55)も合流し、この数日間一緒に観光しています。去年に引き続き2年連続でのバンコク旅行ですが、美代子さんを見ていて「人生、やりたいことはできる時にやっとくべきだな」ということをしみじみ感じます。

 屋台を40年営む美代子さん。定年退職の概念はなく、定休日の水曜以外は、夕方5時から朝3時まで屋台を開けます。仕事を辞める気配はありません。

 辞めるのは体がキツくなった時でしょう。そんな美代子さんは「今年が最後の海外旅行かもしれん」と言いますが、去年も同じことを口にしていました。これを言い続けることで、その回の旅行を楽しめて、次年も「行ければ幸運だわ」とポジティブに思える。私がタイの良さを力説するので昨年訪タイされ、今年もリピートなさった次第です。

 しかし、去年も感じたように、灼熱のタイの屋外を歩くのは彼女にとってなかなかに厳しい。しかも左の膝が若干不調で、タイに来るにあたって整骨院に5回通って万全を期しました。

 とはいっても、やはり齢(よわい)78と考えると、おのずから行動は制限されます。

 1キロ歩くのも大変で、それだけ歩いたらベンチで休憩すべき状況に。ただしそれじゃ今度は熱中症になる。ということでマッサージ屋へ行き、エアコンの効いた室内で過酷な環境から1時間ほど退避します。

 さて、やりたいことをやる、というお題でひとまず考えるのが日本の高齢者の金融資産です。

 それは現金も含めて1400兆円あるそうですが、残りの人生が心配だから節約し、資産をため込む。でも、結果的にそれは家族に渡るか、相続税でお国サマに召し上げられる(注・資産のある人限定です)。

 そんなことなら、余生の長さをある程度予測し、60歳を超えたら資産を自分のために使い切ることを目指していいのでは。死後に家族が「オヤジ、なーんも貯金がなかったわ(笑)」みたいな結末を迎えることこそ、そのオヤジ本人が幸せな人生を歩んだという証左では。

 あの世にお金は持っていけませんし、家族に残せたとしても、生前、やりたいことを我慢していたのではそれこそ本末転倒。

 なにしろ、いつ病気になり、ケガをするかも分からない。そうなった時「あぁ、やりたいことをもっとやっておけばよかった……」と後悔するわけで、やはり体が動くうちに最大限、やりたいことはやるべきです。お金は使ったほうが経済が回ると自分に言い聞かせて。

 もちろん、年を取ると若かった時と比べて体は動かなくなります。現在51歳の私も、横断歩道で青信号が点滅し始めたら走って渡るのを試みようとはしません。走るとゼーゼーもするので。

 さらに、酔っ払って階段を降りる時は、コケることを必ず念頭に置きます。転倒は怖いです。先日も自宅内でコケて巨大な窓ガラスを割り、4万9000円の修理費がかかりました。

 体の衰えを実感する私にとって、美代子さんの次の言葉は励みになります。

「また1年働かにゃ! 500円貯金せないかん」

 シコシコと“500円玉貯金”。頃合いがいいです。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年3月13日号掲載

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