「無印良品」のコンセプトこそ現代の消費者の気持ちを代弁している リキッド消費とは何か

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 買い物を楽しむよりも、コスパとタイパ良く買い物をしたい――現代人の大多数の消費行動はこうした傾向にあると前編記事【「いいモノを長く使う」は時代遅れ? 現代人の消費行動のキーワード「リキッド消費」とは何か】でご紹介しました。「一生モノ」よりも「すぐ手に入る安価なモノ」を求める。ウインドーショッピングを楽しみながら偶然の出会いを期待するのではなく、ネットでお薦めのものをワンクリックで手に入れる、などなど。

 マーケティングの専門家の間では、こうした消費行動のことを「リキッド消費」と呼びます。そして、こうした性向を上手に利用しているブランドの一つが「無印良品」なのだそうです。

 どういうことでしょうか。

 マーケティングを専門にしている久保田進彦氏の新著『リキッド消費とは何か』を基に見てみましょう。

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「24時間営業」が買い物の意識を変えた

 製品の購買を簡単にするポイントは、いつでもどこでも買えることと、購入や支払いの手続きが簡単であることに分けられます。

 いつでもどこでも買えることの先駆者が、1970年代から1980年代に急速に展開されたコンビニエンス・ストアでした。個人商店とスーパーマーケットしかない時代には、最寄りの店舗まで距離があることが多く、ほぼ日中しか買い物ができませんでした。ところが近所に24時間営業のコンビニエンス・ストアができると、欲しいものをすぐに、いつでも買えるようになりました。少なくとも日用品に関しては、地理的な制約と時間的な制約から解放され、簡単に買えるようになりました。

 2000年以降はネット・ショッピングが発展しました。当初は書籍やCDなどの販売が主でしたが、今ではあらゆるものが扱われ、実際に店舗に行かなくても買い物ができるようになりました。またネット・ショッピングに用いられるデバイスには、パソコンだけでなくスマートフォンも加わり、自宅にいなくても簡単に買い物ができるようになりました。

 地理的な制約と時間的な制約から解放されたことで、消費者は欲しいものをほぼ何でも、いつでも、どこでも買えるようになりました。

「より簡単に買える仕組み」は、いつでも、どこでも買えるだけでは成り立ちません。前述したように、購入や支払い手続きが簡単であることも重要です。現代のショッピングの特徴はこれら購入と支払いの手続きが極めて単純化されていることです。

 ネット・ショッピングでは、ワンクリック購入が普及しています。あらかじめ氏名、メールアドレス、支払い情報、配送先住所などを登録しておけば、買い物のたびに入力しなくても、簡単に購入できます。しかもスマートフォンのアプリを使えば、毎回のログインさえ不要です。

 モバイル・オーダーや(ネット・ショッピングの)店頭受け取り機能などによって、店内でのコミュニケーションを省いたり、受け取りまでの待ち時間を短縮したりすることも可能になりました。また反対に、店頭で実物を経験し、ネットで購入することで、持ち帰りの労力を省くことも可能となりました。これらに加えて電子マネーの普及も見逃せません。実店舗でもネット・ショッピングでも、電子マネーを使うことで支払いの手間はいっそう軽減されました。

「すぐ始められる」「すぐやめられる」ことの重要性

 製品そのものに関していえば「より簡単に使える仕組み」も重要です。

 限られた時間により多くのものを楽しむには購買した製品を簡単に使えることが重要だからです。すると、使い方が直感的に分かるものが好まれるようになります。最近の製品には、取り扱い説明書がなかったり、簡単なイラスト程度というものも多くなりました。またレッスン動画やチュートリアル動画を提供し、使い方を分かりやすく説明することも増えました。

 一定の時間内により多く楽しむには「他のことにすぐに移れる」ことも大切です。それが簡単に始められ、簡単に片付けられるものであるほど、他のことに移りやすくなります。たとえば、本格的なコーヒーを家庭で楽しめるカプセル式コーヒーメーカーなどはこれに該当するでしょう。

省力化が「消費」を促している!

 現代の市場には、製品の選択・購買・使用を手軽にする仕組みがあることを縷々述べてきました。これらは、いずれもよく見るものであり、「特に珍しくもない」という声も聞こえてきそうです。しかし注目していただきたいのはそれぞれの具体的内容でなく、これらがすべて「省力化」という流れに棹さしたものであることです。

 比較サイト、シンプルで直感的な製品、シグナル化された広告、コンビニエンス・ストア、ネット・ショッピング、ワンクリック購入、モバイル・オーダー、電子マネー、箱を開けてすぐに使える製品、簡単に使えて簡単に片付けられる製品――すべてが「省力化」という概念で統合できます。一見バラバラに見える現象が、いずれも製品の選択、購買、使用にかかる労力の縮減という一つの方向を向いています。しかもこれらの多くは、2000年以降の短い期間に急速に実現し、普及したものです。

 リキッド消費が社会に浸透し「気まぐれな消費」が顕著になると、製品の選択、購買、使用において「手軽さ」が求められるようになり、それに呼応して省力化を助ける仕組みが増えてきました。リキッド消費の実現は、省力化によって支えられているといえます。こうした理由から、「省力化」はリキッド消費を支えるもう一つの特徴だと、私は考えています。

 ただし省力化はリキッド消費そのものではありません。同じ水準の結果を得るためにより少ない労力で済むようにすることは、おそらく有史以前から続く流れであり、後期近代に特有の現象ではありません。また、省力化によって時間に余裕ができたら、生活のペースを下げ、以前よりゆったりと生活することもできるはずです。したがって、省力化はそれ自体でリキッド消費を意味するものではなく、むしろリキッド消費の実現を支え、促進する「ブースター」としての役割を担っていると考えるのが妥当でしょう。

無印良品「で」いい、に隠された狙いとは?

「省力化」というキーワードを意識すると、これまで無関係と思っていたものが、実は同じ意味合いを持っていることに気づかされます。たとえば「AIレコメンド」(AIによる推奨機能)と「東京ディズニーリゾート」は、一見すると関連性がないように感じますが、いずれも「受動的で効率的な満足の提供」という点で共通しています。

 ショッピング・サイトなどに実装されたAIレコメンドは、数多くの製品群の中から自分にぴったり合うものを探し出してくれます。優れたAIレコメンドがあれば、自分であれこれと考えることなく、お手軽に買い物を楽しむことが可能です。他方、東京ディズニーリゾートには、多くの人に好まれるイベントやアトラクションが数多く用意されていて、自分で努力したり工夫したりすることなく、手軽に興奮や充実感を味わうことができます。

 このように、両者はいずれも「私を確実に喜ばせてくれる」ものであり、より少ない努力で心地よさを提供してくれるという特徴を持っています。つまり、リスクを回避し、手軽で確実に満足させてくれるという意味で、受動的で効率的な満足の提供装置といえます。

 受動的で効率的な満足を提供してくれるのは、デジタル・プラットフォームやエコシステムにも多そうです。GoogleやAmazonを使い続けていると、自分の好みに合った情報や製品が示されるようになります。また身の回りのものをApple製品で統一すると、それぞれが自動的に連携して便利に機能してくれます。

 そのほか受動的で効率的な満足を提供してくれるものとして、「無印良品」もあげられます。無印良品のウェブサイトにはこう記されています。「無印良品が目指しているのは『これがいい』ではなく『これでいい』という理性的な満足感をお客さまに持っていただくこと。つまり『が』ではなく『で』なのです。」

「これでいい」というコンセプトからは、「あれこれ迷わなくても、無印良品を選んでおけば、間違いはない」という状態を目指しているのが分かります。

 受動的で効率的な満足を提供してくれる企業やブランドとつきあうと、心地よさが自動的に得られるので、王様になったような気分になります。しかし、そうした満足は依存性やアディクション(嗜癖性)を高めるかもしれません。少なくとも他の企業やブランドに簡単に移りにくくなるという点で、身離れが悪くなりそうです。

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 ここで示しているのは、あくまでもビジネスにおける「勝ち筋」の話であって、個人として「こだわりの逸品」「一生モノ」を求める価値観を否定するものではないのは当然である。しかしながら、スマホの普及によってより「リキッド消費」的な傾向は強まっていくと予想される。

※本記事では書籍中の注は省略してあります。

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