「いいモノを長く使う」は時代遅れ? 現代人の消費行動のキーワード「リキッド消費」とは何か
SNSで見た服をスマホで即ポチ、映画はサブスク、車はカーシェアでOK、ブランドもののバッグより他人がうらやむ珍しい経験を――若者から中高年まで、近年の消費行動はスマートフォンの登場とともに大きな変化を巻き起こしています。
気付かないうちに「モノ」を買わなくなったという方も多いことでしょう。
マーケティングの専門家の間では、こうした消費行動は「リキッド消費」と呼ばれ、その裏にはさまざまな人間心理が働いていると考えられています。
マーケティングを専門にしている久保田進彦氏は、新著『リキッド消費とは何か』の中で、このリキッド消費を読み解くキーワードは「省力化」であると説いています。
簡単に言えば「楽をしたい」ということでしょうか。
ビジネスパーソンが知っておくべき「リキッド消費」についての解説をご紹介しましょう(以下、『リキッド消費とは何か』から抜粋・再構成しました)
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現代人はどんどん、めんどくさがり屋になっている?
――祖母は私に「いいモノを長く使う」のが大切だと教えてきました。確かに祖母はデパートで買ったものを長く使っています。しかし私はどちらかと言うと「コスパがいい」ものを何回も買うことによって、気分を変えたり、より多くの購買の機会を楽しんでいます。――(Aさん)
――母親や祖母はよく、店舗で欲しい商品が売り切れていると、店員さんに「商品入荷次第、連絡ください」と頼んでいます。しかし私としては、そんな面倒くさい事をするなら、似た商品を他で探せばいいのに、と感じてしまいます。――(Bさん)
これは私が大学でリキッド消費について講義をしたときの学生の反応です。みなさんは、これらから何を読み取ったでしょうか。私は彼女らの指摘がリキッド消費の実態を的確に表していると感じました。
Aさんの記述から読み取れるのは「多様性」(バラエティ)です。目先のトレンドをおさえつつ、手頃な価格で提供されるファスト・ファッションが普及したように、私たちは“そのときの気分に合わせて”製品やサービスを使い分けるようになりました。
Bさんの記述から読み取れるのは「即時性」です。お目当ての製品が店頭にないとき、わざわざ取り寄せをすることが少なくなったように、私たちはいますぐ簡単に手に入ることを期待するようになりました。
その時の気分に合わせて、すぐ簡単に手に入れようとする傾向が強まってきたことを指摘する記述はXの書き込みにもありました。
〈なぜか映画や小説とじっくり向き合ってられなくなった。栄養のある作品を咀嚼できない。気づけば思考停止でユーチューブを開いている。テンポの早いショート動画をスナック菓子のようにポイポイ放り込んでる。小さいサイズじゃないと口に入らない。って感覚がここ数年ずっとある〉
学生たちの反応やSNSの書き込みを見る限り、どうやら私たちは、ますます移り気となり、バラエティに富んだ消費を求めるようになってきたようです。そして、そのときすぐに満足できないと、気が済まなくなったようです。
こうした購買行動は、周囲からは「気まぐれな消費」と映るにちがいありません。あるいは、「移り気で変化に富んだ消費」ともいえるでしょう。
気まぐれな消費は、リキッド消費の特徴の一つ「短命性」と深く関わっています。短命性とは価値が文脈特定的となり、その寿命が短くなることです。短命性が顕著となると、人々がその時々の状況(文脈)に応じて最適なブランドを選択し、消費する傾向が強まります。すると移り気で変化に富んだ消費、つまり気まぐれな消費が目立つようになります。
気まぐれな消費は、ものを所有せず、使いたいときにお金を払って消費する「アクセス・ベース」や、お金ではなく電子マネー、DVDなどではなく配信サービスを利用する「脱物質」など、リキッド消費の他の特徴にも関連しています。
レンタルやシェアリングによって、所有せずに利用するだけの方が、その時々に応じたブランドを消費しやすくなります。またレコードやCDよりもストリーミングの方が、その瞬間の気分に合わせた曲を自由に聴けます。アクセス・ベースや脱物質が進展することでも、気まぐれな消費が目立つようになります。
手軽さを求める消費者
しかし、「気まぐれな消費」を実現するには障害もあります。色々なものを買うにはお金がかかりますし、次々にものを買い替えれば周囲から浪費家と見られるかもしれません。また、これら金銭的コストや社会的コストもさることながら、より大きな問題となるのが時間や労力のコストです。
色々なものを楽しむには「時間」が必要です。新しいものを探す、選ぶ、使い方を覚えるには「労力」がかかります。時間と労力のコストは、気まぐれな消費の大きなハードルです。
以前にも増して多様な消費を楽しむようになった現代人ですが、持ち時間は変わりません。1日24時間、1年365日という限られた時間でより多くのものを楽しむには、それぞれをより短い時間で楽しむ必要があります。こうした状況で、消費者は「手軽さ」を求めるようになると考えられます。
消費者が手軽さを求めるのであれば、当然、それに対応する仕組みが社会に現れます。手軽さを実現する仕組みにはどんなものがあるでしょうか。
現代の市場にはいろいろな仕組みが用意されています。
(1)製品の選択を手軽にする(より簡単に選べる)仕組み
(2)購買と支払いの手続きを手軽にする(より簡単に買える)仕組み
(3)使用を手軽にする(より簡単に使える)仕組み
「おすすめ」や「ランキング」は安心感を与えてくれる
(1)の「より簡単に選べる仕組み」としてまず思いつくのが、「製品を比較しやすくする工夫」です。典型的なのが「おすすめ」や「ランキング」といった比較サイトでしょう。今では家具、家電、車などの耐久消費財から、食品、飲料、化粧品、日用雑貨などの非耐久消費財、旅行、飲食、金融、教育、医療などのサービス財、動画配信や音楽配信のような情報財など、およそほとんどの製品カテゴリーに比較サイトが存在します。
AmazonやZOZOTOWNといったプラットフォーム型のECサイトも、製品の比較しやすさに一役買っています。こうしたサイトを利用すれば、一瞬のうちに複数の製品を比較することができます。
「安心感を高める工夫」もたくさんあります。比較サイトやECサイトによくみられる「星」の表示はその一例です。多くのサイトにおいて、どの製品が一番良いかが星の数で示されています。著名人の推奨や、パッケージに「満足度ランキング1位」といった表示をすることがよくあります。
これらはいずれも特定の製品に対して「お墨付き」を与える仕組みで、その製品を選んでおけば「間違いない」「失敗しない」という気持ちを生み出します。いいかえれば、消費者が自分自身の選択に間違いがないことを簡単に確認できるような仕組みです。
自分に似合うものを、誰かに選んでほしい
安心感を高める工夫が大切なのは、特に若者の消費行動を観察していると実感します。共立女子短期大学生活科学科教授の渡辺明日香は大学生のファッション消費について、雑誌のインタビューで次のように述べています。
「現在は、SNS(交流サイト)で情報が山のように取れるようになったのはいいけれど、自分で能動的に情報を取捨選択していかないといけなくなっている。“お墨付き”がないから、自分が選んだものに自信や確証が持てない。その証左として、最近の学生は洋服を褒めると、ことのほか喜ぶんですよね」
さらに渡辺は「今の若い世代は、洋服には興味を持っているのでしょうか」との問いに対してこう述べています。
「ものすごく興味がありますよ。よく言われる『ファッション離れ』なんて一切ありません。おしゃれを楽しみたいという気持ちは強いんです。ただ一方で、ひねれば蛇口から出るほど情報があって、それをさばききれない状態でもある。『誰かに選んでほしい』と思っている」
最近の市場調査を見ていると、若者を中心に「自分に合った製品を教えて欲しい」と考える人が多いようです。調査データを詳細に見ると、こうした要望には「どの製品が優れているかを教えて欲しい」と、「どの製品が自分に合っているかを教えて欲しい」という二つの意味が込められているようです。つまり、「誰かに選んで欲しい」という気持ちは、「製品自体の評価」と「自分とのフィットの評価」という二つの要素から構成されています。
製品自体の評価とは、どの製品が機能、デザイン、評判において優れているかということであり、自分とのフィットの評価とは、どの製品が自分に向いているかということです。いずれの心理の背後にも「自分で調べる手間を省きたい」(効率的に選びたい)という気持ちと、「失敗したくない」(リスクを避けたい・安心感を得たい)という気持ちがあると考えられます。
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こだわりにこだわって、一生懸命ためたお金で、他人には分からなくても自分には価値の分かる逸品を買う、「一生モノ」を手に入れて愛でる……そんな消費行動はもはや時代遅れなのだろうか。ここで示されている現代の消費者は「いますぐ」「分かりやすく」「安心できるもの」を求めるというライフスタイルを選択している。
良しあしは別として、そんな消費者が多くなってきたのは事実である。
後編【「無印良品」のコンセプトこそ現代の消費者の気持ちを代弁している リキッド消費とは何か】では、こうした消費者のニーズを上手にくみ取ったケースとして「無印良品」についての分析を試みている。
※本記事では書籍中の注は省略してあります。