日本とは大違いなアメリカの「地方創生」 多額の交付金に謎キャンぺーンでは意味がない(古市憲寿)

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 アメリカの都市を人口順に並べると1位はニューヨーク、2位はロサンゼルス、では3位は? 答えはシカゴなのだが、実はこの順位が近く変わりそうなのだ。

 シカゴを擁するイリノイ州は、「アメリカの真ん中」と言われることがある。地理的に中央部に位置するので交通の要衝だし、州としての面積ランキングも価値観も「真ん中」に近い。ニューヨークやロサンゼルスはむしろアメリカの中では特異な街なのだ。

 シカゴは企業の本社が多い都市でもあった。今でもマクドナルドやユナイテッド航空の本社がある。だが近年、本社を他州へ移す企業が相次いでいる。

 たとえば勢いがあるのはテキサス州。個人も法人も州所得税がなく、固定資産税まで大幅な減税に踏み切った。安い税金を求めて企業が移転してくるに伴い、労働者も増えている。特に若い世代にとって、キャリアを始めるのにぴったりの場所なのだという。

 2022年の米国国勢調査局のデータによると、Z世代の移住者は、カリフォルニアやフロリダを抜いて1位。大企業の多いヒューストンやダラス、新興企業を集めるオースティン、旅行先としても人気のサンアントニオなど街ごとの顔が多様。気候が良くて物価が安いのも人気の理由らしい。

 こういった話を僕はシカゴで聞いていたのだが、その日の気温は氷点下10度。「風の街」の異名を持つシカゴでは、強風によって体感温度がさらに下がる。頻繁に往来する除雪車と大量の融雪剤で、冬用タイヤが必要ないくらいの除雪体制を持つ都市機能は素晴らしいが、税金も高い。融雪剤が車に付着するとさびの原因になるのでこまめに洗車する必要がある。冬のシカゴの大変さを聞くと、温暖なテキサスに移住したくなる気持ちも分かる(夏は猛暑だろうけど)。

 大都市シカゴでさえ人口が減り、ブッシュ親子を生んだほど保守的なテキサス州にスタートアップが集まる。これがアメリカのダイナミズムなのだと思う。シカゴに住む友人は「日本の地方創生がいかに馬鹿らしいかが分かった」と言っていた。日本では地方創生の名の下、多額の交付金が配られたり、珍妙なキャンペーンが実施されたりしてきた。

 だがアメリカの「地方創生」はシンプルである。税金を下げて企業を呼び込む。企業があれば雇用が生まれ、人も集まる。人が集まれば店も増える。街は栄える。

 言い換えれば、現行制度のままで日本の「地方創生」が進むことはあり得ないだろう。自治体は大幅な税制優遇など設定できないし、そもそも本気で人口を増やそうとしている自治体がどれほどあるか。多くはただ中央に頼り、衰退を座して待つだけに見える。

 総じてアメリカは暮らしやすい国ではない。治安は良くないし、雇用者は首をすぐ切られるし、物価は高い。だからこそ人々は上昇志向を持つし、経営者にとっては理想の環境なのだ。これからもアメリカの成長は続くのだろう。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2025年3月13日号掲載

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