「大江麻理子」はなぜ「女性アナウンサー」のロールモデルとなれたのか “かわいい”女子アナ文化に染まらなかった理由

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「稀有なキャスター」としての大江

 転機は2008年秋から『田勢康弘の週刊ニュース新書』で進行役を務めたことだ。この番組は政治ジャーナリストで日本経済新聞の客員コラムニストである田勢をメインコメンテーターにしたニュースショーだった。

 いわば田勢のワンマン番組で、その個性や発言に反発する視聴者も少なくない。しかし、大江が居てくれたことで田勢の灰汁が中和され、番組に視聴者目線や日常目線を取り込むことができた。

 ここでの大江は「女子アナ」ではなく「女性アナウンサー」として機能しており、幅広い社会的テーマと向き合うことで報道系のキャリアを充実させた。

 13年、大江はニューヨーク支局に赴任。翌14年に帰国すると、テレ東の看板番組『ワールドビジネスサテライト』のメインキャスターに就任する。

 それから現在までの10余年、担当曜日の変化はあってもテレ東の「報道の顔」として十二分に役割を果たしてきた。

 しかし、思えば大江は稀有なキャスターだ。まず、看板キャスターという肩書からくる威圧感がない。また「番組の主である私」という自己顕示感がない。「政治や経済が分かっている」といった虚勢も張らない。

 よく勉強しているが、そのまま披歴したりしない。知識や情報を自分の中に取り込み、しっかり咀嚼した上で自分の頭で考える。各分野の専門家にも敬意は払うが、単純な迎合はしない。常に疑問や異論も含めて視聴者に伝えようとしてきた。

 政治や経済の難しい話題も、大江という変換装置、もしくは濾過装置を介することで、視聴者は「我がこと」としてのニュースと正対することができた。それでいて大江は、人気保持のためにと視聴者に媚びることもなかった。常に凛とした大江であり続けたのだ。

 退社後の大江は何をするのか。どのように進むのか。それは伝えられていない。

 しかし、たとえテレビというメディアから完全に去るとしても、女性アナウンサーという生き方の鮮やかな「ロールモデル」として、多くの人の記憶に残ることは確かだ。

 大江麻理子という「奇跡」がテレビ界の「伝説」となる日も遠くない。
(一部、敬称略)

碓井広義(うすい・ひろよし)
メディア文化評論家。1955年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。テレビマンユニオン・プロデューサー、上智大学文学部新聞学科教授などを経て現職。新聞等でドラマ批評を連載中。著書に倉本聰との共著『脚本力』(幻冬舎新書)、編著『少しぐらいの嘘は大目に――向田邦子の言葉』(新潮文庫)など。

デイリー新潮編集部

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