「大江麻理子」はなぜ「女性アナウンサー」のロールモデルとなれたのか “かわいい”女子アナ文化に染まらなかった理由
テレビ東京の大江麻理子アナウンサー(46)が6月末に同局を退社する。退社後はフリーで活動したり他局の番組に出演したりする予定はないとのことだが、ファンにとっては寂しい限り。そこで、大学教授時代は“アカデミズム界、随一の大江ファン”とも評されたメディア文化評論家の碓井広義氏に、改めて彼女の魅力と果たした役割を語ってもらった。
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2月20日、テレビ東京の大江麻理子アナウンサーが6月末に退社することが報じられた。フェリス女学院大学を卒業し、テレ東に入社したのは2001年。ほぼ四半世紀もの間、第一線で活躍してきたことになる。
現在は経済報道番組『ワールドビジネスサテライト』のメインキャスター(金曜担当)を務めているが、その姿もやがて見られなくなる。惜別の意味も込めて、大江麻理子という「奇跡」を振り返ってみたい。
初めて大江を認識したのは入社から2年後の03年、『出没!アド街ック天国』だった。同局には悪いが、「テレ東にこんな清楚で美しい人がいたのか」と驚いた。
しかも、愛川欽也をはじめとするクセのある出演者たちを上手にあしらい、転がしながら番組を切り回していたからさらに驚いた。
07年からは『モヤモヤさまぁ~ず2』のアシスタントを務める。さまあ~ずの2人にその生真面目ぶりをからかわれたり、逆に彼らをやさしく諫めたりしつつ、街をぶらぶらと散歩した。天然でありながら知的で品がある大江は、実にチャーミングだった。
10年続けた『アド街』と6年に及んだ『モヤさま』によって、大江の人気は中高年から若者にまで広がっていった。
もしも、あの状態が続いていたら、大江は今とは違った風景の中にいたかもしれない。なぜなら、本人が自身をどう思っていようと、「人気女子アナ」というレッテルを貼られることで進む方向が決まってしまうからだ。
では、大江が歩んだ時代の女子アナとは一体どんな存在だったのか。
「女子アナ」と「女性アナウンサー」
女子アナをめぐって参考になる一冊がある。元TBSアナウンサーで現在はタレント、エッセイスト、ラジオパーソナリティの小島慶子が2015年に上梓した初の小説『わたしの神様』(幻冬舎)だ。
物語の舞台はズバリ民放キー局。主人公は「私にはブスの気持ちがわからない」と言い切る人気女子アナだ。
誰よりもスポットを浴びようと競い合い、同時に地位と権力を求めてうごめく男たちとも対峙する彼女たち。この小説はテレビドラマでは簡単には描けない物語になっていた。
低迷しているニュース番組がある。キャスターを務めてきた佐野アリサが産休に入ることになり、抜擢されたのは人気ランキング1位の仁和まなみだった。
育児に専念する先輩と、これを機にさらなる上を目指す後輩。フィクションであることは承知していても、彼女たちの言葉は著者の経歴からくる際どいリアル感に満ちている。
たとえば、ニュース番組担当の女性ディレクターは「ほんと、嫌になるわ。顔しか能のないバカ女たち」と女子アナに手厳しい。
当のまなみは心の中で言い返す。
「この世には二種類の人間しかいない。見た目で人を攻撃する人間と、愛玩する人間。どれだけ勉強したって、誰も見た目からは自由になれないのだ」
さらに――
「どんなに空っぽでも、欲しがられる限りは価値がある。(中略)他人が自分の中身まで見てくれると期待するなんて、そんなのブスの思い上がりだ。人は見たいものしか見ない」
また、この女性ディレクターがアナウンサー試験に落ちた自分の過去を踏まえて断言する。
「これは現代の花魁(おいらん)だと気付いた。知識と教養と美貌を兼ね備えていても、最終的には男に買われる女たちなのだ。(中略)自分で自分の値をつり上げて、男の欲望を最大限に引きつけるのだ。その才覚に長けた女が生き残る世界なのだと」
果たして、女子アナに関するこれらの物言いは、極端に露悪的な表現だろうか。そうとは言い切れないのが当時の女子アナの実態だ。小説ならではのデフォルメの中に、小説だからこそ書けた真実が垣間見える。
1980年代、「楽しくなければテレビじゃない」をモットーに視聴率三冠王の地位に就いたフジテレビが、女性アナウンサーをいわば「社内タレント」としてバラエティ番組に起用していった。
それがウケたこともあり、以後、歌って、踊って、かぶりモノも辞さない「女子アナ」が各局に続々と誕生していく。
小島は常々、TBSの局アナ時代を振り返り、「自分は局が望むような“かわいい女子アナ”にはなれなかったし、なりたいとも思わなかった」と語っている。
できれば「女子アナ」ではなく、一人のアナウンサーとして仕事を全うしたかったというのだ。しかし、それは許されなかった。
小島がTBSに在籍したのは1995年から2010年にかけてだ。小島の小説はその頃の体験がベースとなっている。01年にアナウンサーとなった大江が、どんな空気の中で活動していたのかを想像する強力な補助線となる。
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