「連絡を待っている時間が一番つらかった」 津波で両親を失った作家・柚月裕子が語る東日本大震災
「やはり書いてよかった」
作中、逃亡する真柴は、被災し、親とはぐれた5歳の男の子と出会う。見捨てるわけにもいかず、彼は足手まといになるのもいとわずその子を連れて、目的地を目指す。
冒頭のプロローグに書かれているが、ついに警察に追い詰められた真柴は、避難所になっている小学校の体育館に立てこもった。追手から見れば、彼は人をあやめ、奪った拳銃を所持して子供を人質にとった凶悪犯だ。
体育館には避難者も閉じ込められている。地元警察の包囲に加え、警視庁から特殊急襲部隊(SAT)のスナイパーも派遣され、そのスコープが真柴を捉える。
真柴が北を目指した理由は何か。彼の不幸な生い立ちを調べ、その動機に思いが至ったさつき東署の陣内は、投降するよう説得を試みる。体育館の扉をはさみ、対峙する陣内と真柴――。その結末は読んでみてのお楽しみだが、エピローグでホッと救われるとだけ伝えておきたい。
「あのエピローグの中で、震災直後には思わなかったことを、この長い時間のなかで、ああ、こうかなあ、と表せたので、やはり書いてよかったと思います」
と、柚月さんは語る。
忘れられない光景
彼女には強く印象に残った被災地の光景があった。
「何度目かに宮古に行ったときに目にしたのですが、道端のちょっとした縁石に、小さなお地蔵さんとか、お仏壇にお祭りされていた仏像とかが汚れたままいっぱい置かれているんですよ。がれきの中で見つけた方が、それをそのまま残してはおけず、そっと置いていかれたのでしょうね。そういう気持ちがずっと縁石に置かれている。あの光景はいまでも覚えています」
本作は、震災の犠牲者へたむけた鎮魂の書でもあるのだろう。
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