巧みな話術で会話を盛り上げ、予定時刻にピッタリ到着! プロすぎるハイヤー運転手にこの仕事を選んだ理由を聞いてみた(中川淳一郎)

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 福岡空港へ行くため値段一律のタクシー送迎を予約しました。ここで出会った「私の天職です!」と語る運転手のプロ魂にタマげた話。生涯一、印象的な運転手さんになりそうです。

 朝6時、私と妻が家の外に出ると、メガネのニコニコした50代と思しき男性が「今井です」と黒塗りのハイヤーから現れた。自動ドアを開けてもらい車内に入ると、総革張りのシートが放つ芳香からして新しい。

「いい車ですね~。マッサージ機能まである!」

「BMWのi7です。ロールスロイスを傘下に置くことから、(同社製の)ファントムをベースにBMWを載せた形です。さて、いくらすると思われますか?」

「ン? 2450万円!」

「こちらは1900万円です。1週間前に納車されました。会社で『この車に乗りたい人!』と聞かれた中で、私以外は誰も手を挙げない。上司は『今井ちゃんが挙げてくれてよかった』と言っていました」

 そりゃそうですね。地方の一軒家を買える金額の車が事故起こしちゃたまらん。全長5.4メートルで幅が2メートル近い、6畳間に匹敵する車で、狭い道を運転するのも難儀。

 今井ちゃん、いろいろと丁寧に教えてくれます。私と妻で質問攻めにしたからですけれど、キャリアについて考えさせられる話でした。

 元々は高級車ディーラーの営業マンでしたが、サービス部門へ異動。客と一緒に車に乗って各種機能を説明したり、代車を手配したり。ある時、代車の手配ができなかった客を博多から北九州までファントムに乗せたことが転機に。感激した客は、こう言いました。

「今井ちゃん、運転が無茶苦茶上手だね。誰かのお抱え運転手になれば?」

 この時、ハイヤーで送迎をする仕事もいいな、と思ったそうです。子供が小さく、もっと稼ぐ必要があると一念発起。2年前、ハイヤー乗務員を雇う福岡のMKタクシーに入社します。

 が、まずはタクシー乗務を言い渡されて、「オレはハイヤーがやりたかったのに……」とシュンとするも、客とのやり取りが楽しく、初日からタクシーの仕事が好きになったそう。

 半年後にハイヤー運転手の資格を取って今に至ります。営業マン出身ゆえ話術も巧みで、客を気持ちよくさせるのが上手。

「100キロ制限なのになぜ90キロで?」と聞くと、池上彰氏のように「いい質問ですね」から入ってくる。

「速度を10キロ上げても、到着時間は2分しか変わりません。お客さんは室内の快適さが大事で、2分の差を求めてはいないと思います。この車はEVで、燃費ならぬ電費を上げるには安定した速度でずっと走った方がいいんです。あくまで私どもの都合ですが」

 素行の悪い客について尋ねると、こう言います。

「私たちが作っているんです。私たちの態度に不満があって、お客さんもクレームを言ってくるわけで」

 仰天したのは予定の7時ピッタリに着いたこと。運転技術もさることながら、話術やサービスの思想も含め、今後、キャリア講師としてタクシー会社のみならず、さまざまな業種から引っ張りだこになるのでは?

 各社、もしこうした人材がいるのなら、講師として派遣する事業を展開したら売り上げが増える、かも。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年3月6日号掲載

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