「お前、俺に挑戦状たたきつけちょろうが」「かかってこい」 内部通報を絶対許さない実力者が郵便局長たちに繰り返した恫喝の中身

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 日本全国に根を張る郵便局。そこには地域ごとに実力者が存在する。政治家のように宴席を重ねて派閥をつくり、「数の力」で会長に上り詰める者。前任者から「後継指名」を受ける者。選挙活動で高い実績を挙げて成り上がる者──。その実力者に関わる不正を見過ごさず、声を上げたらどうなるか。

 調査報道大賞の優秀賞も受賞した西日本新聞記者・宮崎拓朗氏が関係者1000人以上の「叫び」を基に窓口の向こうに広がる絶望に光を当てるノンフィクション『ブラック郵便局』から、執拗(しつよう)な恫喝を受け、精神がおかしくなるのではないかという極限の恐怖を味わった局長たちの闘いを紹介する。(引用はすべて宮崎拓朗氏の『ブラック郵便局』より)

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「これは、放っておくわけにはいかんよなぁ……」

 かつて炭鉱で栄えた福岡県・筑豊地方の北側に位置する直方市。2018年秋、この市域をエリアとする「直方部会」の郵便局長6人は、ある問題に頭を悩ませていた。

 彼らの元には、同じ部会に所属する局長に関して、局内に保管されている現金の額を確認する「現金検査」を怠ったり、部下や同僚に暴言や暴力を加えたりしているとの相談が寄せられていたのである。

「部会」は、周辺の10局ほどで構成する日本郵便社内のグループだ。小規模局は、局長も含めて2~3人しか従業員がいないケースもあり、各地に点在した局が孤立してしまう可能性がある。このため、部会を構成し、各局が協力して営業目標の達成を目指したり、不祥事対策に取り組んだりすることになっている。

 一方、郵便局長会も、同じエリアごとに同じ名称の「部会」を設けている。所属するのはエリア内の局長たち。それぞれを区別するために、会社側を「表の部会」、局長会側を「裏の部会」と呼ぶこともある。「裏の部会」では、局長たちは、選挙での後援会員集めや、地域のボランティア活動などを協力して行っている。

 局長には、部下の局員たちには言えない悩みも多い。同じ部会の局長たちの間には、仕事でも局長会でも日々顔を合わせながら、濃密な付き合いが生まれていく。

 そんな部会の“仲間”が問題行動を起こしているとの情報が次々に寄せられ、6人は「このままでは、部会の運営にも支障を来(きた)してしまう」と考えるようになった。不祥事を知りながら放置すれば、自分たちまで処分されてしまう恐れもある。「他局の問題」では済まされなかった。

 会社側の「部会」の上部には、100局前後を束ねる「地区連絡会」という上部組織がある。直方部会など6部会、約70局で構成しているのは、5市7町にまたがる「筑前東部地区連絡会」だ。

 部会内で起きた不祥事は、地区連絡会に報告する決まりになっている。だが、直方部会の6人は尻込みした。地区連絡会トップの「地区統括局長」が、問題行動を起こしている局長の父親、N氏(61)だったからだ。

 会社の部会の上部に地区連絡会があるのと合わせ鏡のように、局長会にも部会の上部に「地区局長会」がある。それぞれのトップ、統括局長と地区局長会の会長は、同じ人物が務めるのが慣例だ。N氏も例外ではなく、社内と局長会の両方で強い権限を持っていた。

 こうした地区トップの局長たちは、順番としてまず、地区局長会の方で会長に選ばれている。

 政治家のように宴席を重ねて派閥をつくり、「数の力」で会長に上り詰める者、前任者から「後継指名」を受ける者、選挙活動で高い実績を挙げて成り上がる者──。

 各地の局長に話を聞くと、地区局長会の会長は必ずしも会社の事情とは関係なく選ばれていることが分かる。だが、日本郵便は、局長会側の意向を尊重し、地区会長に選ばれた局長をそのまま統括局長に指名している。局長会で会長になれば、社内でも地区を取り仕切る立場になれるというわけだ。

 筑前東部地区のトップであるN氏は、よくいえば親分肌、別の言い方をすればワンマンなタイプだった。保険などの営業実績にこだわり、成績の上がらない局長は呼び出しを受けてこっぴどく叱られた。統括局長には、配下の局長の人事評価をする権限も与えられている。地区内では、常にN氏が方針を決め、誰も異論を差し挟めない雰囲気があった。

 6人を恐れさせたのは、そんなN氏が息子をかわいがっていることだった。

 会社が郵便局長を採用するに当たって、実質的に人選をしているのは地区局長会だ。それにより、世襲で後任が決まることも多い。だが、N氏のように、同じ地区内で、親子が同時に局長を務めているケースは極めてまれだった。地区外からも「いかに会長に権限があるとはいえ、やりすぎではないか」とささやかれていたほどだ。

 息子の問題行動を見過ごすわけにはいかない。かといって、地区連絡会に報告すれば、N氏からどんな仕打ちを受けるか分からない……。

 6人は悩み抜いた末、地区連絡会には報告しないことにした。その代わりに選んだのは、別のルートで告発することだった。

 18年10月、6人は、日本郵便本社の内部通報窓口にN氏の息子の問題を伝えた。その際、祈るような思いでこう念を押している。

「この通報がN統括局長やその周辺に漏れると大変なことになります。告発者や協力者が決して不利益を被ることがないようにお願いします」

「お前、俺に挑戦状たたきつけちょろうが」

 内部通報から約3カ月がたち、年が明けた2019年1月22日の朝。

 業務用携帯電話の着信音が鳴り始めた。6人の通報者のうちの一人、40代のX局長は、局内で仕事を始めたところだった。電話の画面には、N統括局長の名前が表示されている。悪い予感がした。

 通話ボタンを押して受話口を耳に当てると、いきなり罵声が響いた。

「お前、俺に挑戦状たたきつけちょろうが」「かかってこい」

 怒鳴り声が続いた後、電話は一方的に切られた。あまりの剣幕に度肝を抜かれた。

 再度の電話で呼び出しを受けたX局長は、2日後の朝、N統括局長が勤める隣町の郵便局へ向かう。身の危険を感じ、この日のやりとりを録音していた。

 郵便局の応接スペースで向き合ったN統括局長が最初に持ち出した話題は、X局長と自分の息子との人間関係だった。X局長が、息子と同じ部会で働くことを嫌がっていると決めつけ、「お前、転勤しろ」「俺、相手になっちゃる、かかってこい」とまくし立てた。

 かつて産炭地だった筑豊地方には、今も荒くれた気質が残る。N統括局長の凄みのきいた物言いに、X局長は「そういうことじゃないです」と消え入りそうな声で答えた。

 しばらくすると、N統括局長は「お前、~~(註・息子のこと)が、どんなことがあったか知ってるやろうが」と本題を切り出した。

「はっきり言っとくけど、俺、本社のコンプラと話してるんだ」

 そう言って、N氏は日本郵便本社から内部通報に関して何らかの情報を得ていると匂わせると、“自白”を迫るように問い詰め始めた。

N「もしな、今回の件が後で出てきたら、お前、そこに名前、絶対ないね?」

X「はい」

N「絶対ないな。お前、その時あったらどうする? 辞めるか? そのぐらいの断言、できるね?」

X「……」

N「どんなことがあっても、仲間を売ったらいかん。これ、特定局長(註・小規模郵便局長のこと)の鉄則。してないな、そんなこと。約束できるな? 俺、絶対分かるんぞ。今なら許す、今なら許す。最後ぞ。誰にも言わん、今お前が言うたら。5人おろうが、5人」

 実際の通報者は6人だったが、確度の高い情報である。X局長は、声を震わせながら否定し続けた。

 感情を高ぶらせたN統括局長は、局長が内部通報制度を利用すること自体を問題にした。「局長会の結束が乱れる」というのがその理由だ。

「社員から(内部通報が)上がったんなら、そりゃしょうがないね。局長から上がったのが、俺は許せんかった。局長が仲間を売るようなことをコンプラ室に上げるということは、これは許せん。(略)いつか分かる。社員ならいいけど、局長の名前が載っとったら、そいつら、俺が辞めた後でも、絶対潰す。絶対、どんなことがあっても潰す。辞めさせるまで」

「会社に仲間を売っとるわけよ。局長なら許せん。そいつと仕事を一緒にやれん。だって、局長会っちゅうのは、選挙もやりますよ。選挙違反みたいなこともやりますよね。『あの人、仕事時間にお客さんのとこに行って選挙活動してますよ』と(内部通報を)やられたら、危なっかしくてできんもん」

 N統括局長はたたみかけるように「お前の名前はないね? あるいは、そこに名前を載せとった奴を、お前は知らんか」「誰に誓ってでもやってないな」と問いただした。

 X局長が認めずにいると、N氏はこう断言した。

「会社は『だめ』っちゅうけど、その犯人を捜す」

 X局長は、恐ろしさのあまり涙を流していた。

 1時間あまりがたち、ようやく解放されると、めまいと動悸が止まらない。手はしびれ、顔の感覚もなくなっていた。

 この数日の間に、直方部会の他の局長たちも呼び出しを受けている。N統括局長は明らかに、直方部会の局長たちを“犯人”だと疑っているようだ。

 若手の局長は「お前、誰のおかげで局長になったと思ってんだ」と凄まれた。

「あんたも息子がかわいくないのか」

「奥さん、どんだけ俺がかばってやっていると思ってんだ」

 そんなことを言われ、郵便局で働く家族にまで危害が加えられるのではないかと恐怖を覚えた局長もいる。

 N氏は地区の統括局長であるだけでなく、九州で指折りの実力者だった。

 日本郵便九州支社には、約2200人の局長がおり、そのうち統括局長は約30人。さらにその中から、支社内の小規模局を取りまとめる「主幹地区統括局長」と「副主幹地区統括局長」が選ばれる仕組みになっている。N氏は「九州ナンバー2」の副主幹地区統括局長の地位にもあった。

 局長会には例によって、地方支社と合わせ鏡の組織、すなわち「部会」「地区局長会」の上部に「地方局長会」があり、N氏は九州地方局長会でもナンバー2の副会長に就いている。

 X局長を脅した際には、自身の地位を誇示するように「悪いけど、俺ぐらいになるとな、本社がものすごく気を使う」と発言している。

 そんなN氏の権力、そして「仲間を売ったらいかん」と口にした時の激昂ぶりを思えば、「潰す」「辞めさせる」という言葉は、ただの脅し文句には聞こえない。

「局長としての人生は終わった」とつぶやく局長もいた。

 6人が意を決して行った内部通報についても結論が出ていた。

 日本郵便はN氏の息子の問題行為を調査し「事実である可能性が高い」と判断したものの、「証拠が得られなかった」として処分対象にせず、調査を打ち切ったのである。

地区全体を巻き込んだ報復

 2月1日、直方市内の郵便局の一室に、N統括局長の息子を除く、直方部会の局長が全員集まっていた。N氏から突然、招集がかかったのだ。何が始まるのだろう。部屋の空気は張り詰めていた。

「大変お忙しい中、お集まりいただきまして、ありがとうございます」

 姿を現したN統括局長は、これまでとは一転、神妙な面持ちで語り始めた。

 N氏はその前日、本社主催の研修を受けたという。内部通報やパワハラがテーマとなり「その話を聞いてるときに、私は少し血圧が上がってですね、大変な間違いを起こしたと思いました」というのだ。

 そして、X局長らに謝り始めた。

「今日は皆様におわびをせないかん。親でございますので、子どもかわいいでですね、これまできました。第一の間違いを起こしたのは、誰が(内部通報を)言ったんだろうという思いが少し出てまいりました。何の根拠もないのに、直方部会の人たちじゃないだろうかと思いました。数名の局長さんに来ていただいて、中には強い口調で詰め寄った人もいました。皆さんのプライドを傷つけたり、苦しい思いをさせたりした」

「内部通報というものを否定することも言いました。仲間を守るだの、信用するだのと言っている私が、皆さん方を信用していなかった。本当に恥ずかしい。おわびを申し上げます」

 そう語ると、N統括局長は床に手をつき始めた。

「会長、だめです」

 X局長たちが必死に制止する中、N氏は土下座をした。

「私の思いは、偽りのない思いでございます。今日はこれで失礼いたします」

 X局長たちはあっけにとられながら、帰っていくN氏を見送った。

 この前日にも、N氏の局に呼ばれ、「(通報者として)名前があったら、俺は辞めてもそいつを潰す」と脅された局長がいる。たった1日で豹変したN氏の姿は、ただただ不気味だった。

 しばらくすると、N氏の側近の幹部局長が「直方部会の局長たちと口をきくな」と指示しているとの話が聞こえてきた。実際に、地区内の局長たちはX局長たちを無視するようになった。指示に従わずに親しく会話をした局長は「おまえも同じ目に遭わせるぞ」と脅された。

 静かに進む村八分のような仕打ち。不安を募らせたX局長たちは助けを求めようと、日本郵便の本社幹部らと面会の約束を取り付け、上京した。

 本社の一室で局長たちと向き合った幹部らの中に、コンプライアンス担当のH常務執行役員がいた。内部通報窓口の業務も所管し、X局長らが通報したN氏の息子の問題の調査にも関わっていた。

 H常務らはこんな裏事情を説明した。N氏が内部通報者捜しをしているとの情報をつかみ、H常務はN氏に対し「通報者を特定するような行為は許されない」と指導した。だからN氏はその直後、態度を一変させX局長らに謝罪したのだ。

 会社側は、N氏に対し、次年度は統括局長に指名しないという方針を既に伝えており、戒告の懲戒処分にする見通しとのことだった。N氏は「いずれ復帰したい」と語っているという。

 戒告は軽い処分だ。しばらく謹慎した後で復権すれば、またどんな目に遭わされるか分からない。

 X局長らは「地区内の局長たちから無視されている」と相談した。

 だが、H常務は一線を引いた。

「仕事に支障が出るような行為はだめだが、局長会で仲間はずれにされたと言っても、会社はそれには立ち入れない」

 局長会はあくまで社外の組織であり、そこで起きる問題には介入できないというのだ。そればかりか、「敵対する人たちのグループを崩していきゃいいじゃないですか」と対立をあおるようなことも言った。

 自分たちだけで立ち向かうしかないのだろうか。不安を拭えないまま福岡に戻った。

 会社と局長会。二つが表裏一体となった組織の中で、X局長たちはさらに追い詰められていく。

宮崎拓朗(みやざき・たくろう)
1980年生まれ。福岡県福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。

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