「イエスかノーかをつきつけて思考停止を招け」 大成功した政治プロパガンダが使ったテクニックとは

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「政治とカネ問題」や「“103万円の壁”撤廃」など、近年、政治関連の話題で自民党が後手に回っているという印象は否めないだろう。国民民主党やれいわ新選組など新興の党がSNSなどを上手に活用して支持を伸ばしているのに対して、イメージ戦略や広報戦略がうまくいっているとは言いづらい状況が続いている。

 しかし自民党が政治プロパガンダの分野でトップを走っていた時代もかつてあった。小泉純一郎氏が首相を務めていた2005年前後のことである。『プロパガンダの見抜き方』の著者、烏賀陽弘道氏は、戦後もっとも成功した政治プロパガンダは「郵政民営化」だった、と同書で述べている。

 そこで用いられたテクニック、あるいは手口とはいかなるものだったのか。同書をもとに見てみよう(以下、『プロパガンダの見抜き方』から抜粋・再構成しました)

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アメリカ流プロパガンダが日本を変えた「郵政民営化」

 戦後の日本でもっとも成功した政治プロパガンダはなにかと問われるなら、私は小泉純一郎総理の「郵政民営化」を挙げる。

 あまり表面には出て来ないのだが、この「郵政民営化」をめぐる小泉政権の「民営化法案提出→否決→解散→総選挙(自民党内反対派の切り崩し)→小泉派圧勝→可決・郵政民営化実現」という一連の動きの対世論工作には、はっきりとした戦略を描いて、その作戦を実行した人物と組織が自民党内に存在する。

 2024年、「パーティー券ノルマ超過分の裏金化」という、嬉しくない事件ですっかり有名になった「自民党安倍派幹部5人衆」のひとり、世耕弘成・衆議院議員である。

 2005年の「郵政民営化解散総選挙」当時、世耕議員は1998年に初当選した、42歳の「若手」議員だった。その選挙での勝利と自らのPR戦略の詳細を自著『プロフェッショナル広報戦略』(ゴマブックス)に書いている。ちなみに世耕氏は同書の中では「プロパガンダ」という言葉を一度も使っていない。日本語では「広報」、英語では「PR」と呼んでいる。ただし、それはプロパガンダとほぼ重なる。

 興味深いのは、世耕弘成氏は1998年に伯父の地盤を受け継いで政界入りするまで、NTTの広報部員だったことだ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、1986年入社。いわゆるリクルート事件で、真藤恒(ひさし)NTT前会長が未公開株の譲渡を受けて逮捕された1989年前後は広報部員として報道との折衝を担当していた。

 そして1990年にアメリカのボストン大学大学院に留学。企業広報論で修士号を取得している。その意味では、アメリカ型PRのメソッドを習得した、日本では珍しい政治家なのだ。

「広報とは『プロジェクトマネージメント』である。この概念を私はボストン大学大学院の企業広報論で学んだ」

 世耕氏は前掲の『プロフェッショナル広報戦略』で第一行目にはっきりと書いている。

「どんなに立派な政策だろうが、それを国民に理解してもらい支持される作業が重要なのである。そして最終的には選挙を通して与党としての信任を得なければ、政策を実現できないのだ。中身がきちんとした政策であるのは当然として、国民、社会とのコミュニケーションが政治の本質と言っても過言ではない。だからこそコミュニケーションのプロによる広報戦略が欠かせないのである」

 2005年8月の「郵政民営化解散総選挙」で、世耕氏は「自民党広報本部長代理」に就任する。推挙した安倍晋三氏は幹事長代理だった。さらに幹事長補佐という肩書も得る。

 小泉総理は世耕氏に直接こう指示したという(前掲書)。

「今回は広報が大切だから君がぜひやってくれ。広報はわかりやすく、やさしくやってほしい。で、オレはもう、キャッチフレーズも決めてあるんだ、武部さん(注・当時幹事長)にも話した。キャッチフレーズは『改革を止めるな。』」

 世耕氏は、遊説局、情報調査局(世論調査担当)、広報局(CMやポスター)、報道局(記者クラブ対応)、新聞局(党の機関紙)、マルチメディア局(HP制作)などバラバラだった自民党の宣伝部局を横断して「コミュニケーション戦略チーム」を立ち上げた。そこに党外のPR会社「プラップジャパン」をスタッフに加えた。矢島尚氏が創立した、国内PR会社の草分け的存在である。

不可能を可能に

「郵政民営化」に話を戻す。

 小泉政権以前「郵政民営化」は実現不可能な難題と考えられていた。

 2001年4月、郵政民営化が持論の小泉純一郎氏が自民党総裁に就任し、小泉政権が発足する。彼は長年の持論だった郵政民営化を進めるべく関連法案を国会に提出するが、否決される。これを受けて2005年、小泉総理は、自民党内の反対を押し切って「国民の信を問う」として衆議院を解散した。俗に「郵政解散」という。

 小泉総理は民営化に反対する自民党議員の選挙区に、賛成派の対立候補、俗に言う「刺客」を送り込んだ。結果、自民党は296議席を獲得する大勝をおさめ、公明党の31議席とあわせて与党で衆議院議員定数の3分の2にあたる320議席を上回る327議席を獲得した。

 この結果を受けて郵政民営化法案が国会で成立する。

 この流れを見ても、今一つピンと来ないのではないだろうか。郵政を民営化して行政がスリム化され、税金の無駄遣いが減ったのか。国民にどんな利益がもたらされたのか。

 小泉純一郎総理にとっては長年の持論の実現であったのかもしれないが、本来、多くの国民にとって「郵政民営化」は地味な話で、さほど興味のあるテーマではなかった。

 しかし、それを「国民の利益になる」と思わせることに成功した。その世論を受けて、民営化は実現した。

 その立役者である世耕氏の著作には、成功したプロパガンダの定石がいくつか出てくるので実例として紹介しよう。

「極限までシンプルにしたメッセージを反復せよ」という定石

「郵政民営化こそ、すべての改革の本丸」

 自民党の2005年の政権公約ポスターには、小泉総理の顔写真とともにこのメッセージがある。

 ここにはなんの説明もない。「なぜ郵政を民営化することが、すべての改革の本丸なのか」という疑問への答えは提示されていない。最初から「郵政民営化イコール改革の主戦場なのだ」と、既知の事実であるかのように述べている。

 よく考えると、これはおかしい。本来はその理由やメリット(あるいはデメリット)を説明するのが政治家の責任のはずである。しかし、それを詳述しようとするとややこしい。簡単には覚えきれないし、皆が理解できるかどうか怪しい。有権者の投票行動に直接作用しない。

 だからこそ、この「郵政民営化こそ、すべての改革の本丸」というコピーは、プロパガンダとして大正解なのである。理由や論理はすべて省いてある。最初から「そうなのだ」と結論を決めて、それしか書いていない。「極限までシンプル」になっている。

 前述の小泉総理自ら決めたという選挙キャッチフレーズ「改革を止めるな。」も繰り返しポスターやCMで使われた。

 これもよく考えると不思議な言葉だ。自民党は本来、保守政党であり「革新」「改革」側ではないはずだ。むしろ自民党内の多数派は利権の温存を望み郵政民営化に反対していた。だからこそ、民営化法案は一度国会で否決されたのだ。

 その自民党が「改革を止めるな。」というのは、主語がおかしい。これまで改革を止めていたのが自民党である。

 しかし、自民党内で少数派だった小泉総理が、自民党多数派を飛び越して、国民に直接語りかける言葉としては、回りくどい説明は一切省いてしまった方がよい。

「あれ? 自民党って改革政党だっけ?」と読む人が考える隙すら与えないのがよい。情報の受け手が「何となく、そう思ってしまう」ことが重要なのだ。これも「極限までシンプル」なメッセージの効用として、プロパガンダの王道である。

 なぜ「極限までシンプルなメッセージの反復」が有効なのか。それは「郵政民営化こそ、すべての改革の本丸」や「改革を止めるな。」のような「論理的説明」を飛ばした「言葉の断片」を絶え間なく浴びせ続けられると、人間はその意味がわからないために、考えることをやめてしまうからだ。「なぜ、そうなるのか」「どうしてなのか」という発問をやめてしまう。

 そしてやがて意味がわからないまま「郵政を民営化すれば、すべてが改革される」「自民党こそ改革政党」と「何となく」そう思ってしまう。この「何となく、そう思ってしまう」の「何となく」こそが、プロパガンダ側が一番ほしい部分なのだ。「何となく」とは「深く考えることがないまま」「意味がわからないまま」しかし「そう考えるように誘導されている」という意味だからだ。

「民衆の大半は頭があまり良くない」

 ヒトラーの著作『わが闘争』には、「民衆の大半は頭があまり良くないので、簡単に噛み砕いて、簡単にしたメッセージを繰り返し何度も何度も流しなさい」とある。

「民衆の圧倒的多数は、冷静な熟慮よりもむしろ感情的な感じで考え方や行動を決める(中略)。しかしこの感情は複雑でなく、非常に単純で閉鎖的である。この場合繊細さは存在せず、肯定か否定か、愛か憎か、正か不正か、真か偽かであり、決して半分はそうで半分は違うとか、あるいは一部分はそうだがなどということはない」(前掲書より)

 要するに「大衆は感情的である。白か黒かしかわからない。中間的なこと、曖昧なこと、複雑なことを理解する繊細さがない」とミもフタもなく言っている。

 そしてプロパガンダは、その大衆をターゲットにすべしと説く。

「イエスかノーか二者択一を迫れ」という定石

 話を郵政民営化に戻そう。世耕氏は次のように言う。

「今回の自民党は、郵政民営化にイエスかノーかを訴え続けることで、総選挙の勝利を呼び込むことに成功した(略)。

 総選挙の最大の争点は郵政民営化。それを国民に問いかける際の訴えは『シンプルに』を徹底した。

『郵政民営化にイエスかノーか』

『改革にイエスかノーか』

 さらには『小泉か岡田(克也・民主党代表)か』というわかりやすい問いかけを用意した」(世耕前掲書)

 こうした「イエスかノーか」という二者択一の問いを投げかけ続け、自分に有利な方向へ多数の思考を導いていくプロパガンダ手法を、石田英敬・東大名誉教授(メディア情報論)は「二進法アルゴリズム」と名付けている(石田氏の著書『心脳コントロール社会』より)。

「二進法」には「0」か「1」しかない。イエスかノーかの二者択一に答えていくと、アルゴリズム(演算式)に従ってコンピュータが答えを出すように、設問者の望む方向に思考が自然に誘導されていく。

 回答者は「自分で考えている」ように錯覚しているが、実は考えていない。設問者が敷いたレールの上を誘導されているだけである。これは世論調査やアンケートなどで、回答を設問者の望む方向に誘導するときに使われるテクニックである。

 この「二者択一思考」を世耕氏は次のように表現している。

「国民にわかりやすい争点を提示する。これは小泉総理が語った『わかりやすくてやさしい』という選挙戦略に叶った(原文ママ)ものである」

 どこまで意識的だったのかはわからないが、世耕氏率いる自民党のPRチームは「わかりやすい争点の提示」という名目で前記「二者択一思考」をプロパガンダとして有権者に投げかけた。そして「解散後の総選挙で圧勝→郵政民営化」という結果を実現した。つまり世論の誘導に成功した。

 こうした思考の誘導「マインド・マネージメント」はビジネススクールなどのカリキュラムに普通に組み入れられている。ボストン大学で企業広報論の修士課程を終えた世耕氏は、そこで学んだノウハウを生かしたと見るのが自然だ。

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 小泉総理の発信力と世耕氏らの戦略により、国民は熱狂的に「郵政民営化」を支持した。それが本当に国民にとってプラスになったのか、明確に答えられる者がどれだけいるのだろうか。その後もさまざまな「ワンイシュー」が政治のテーマとなり、「イエスかノーか」をつきつけ、反対する者を悪人扱いする、そんな状況が繰り返されている。

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