「天下の郵便局が信じられないような行為をするとは」物忘れの症状が進む70代女性の年金と貯金を食い潰した「かんぽ生命」営業マンの手口

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 2007年の郵政民営化から18年。その間、約2万4000局、従業員30万人超の巨大組織で何が起きていたのか。

 異常すぎるノルマ、終わることのないパワハラ――「もう限界です!」良心を捨て去った営業マンは母や祖母のような年齢の女性をだまし、別の営業マンは信頼を寄せる顧客たちに不利な契約を勧めて数字を積み上げていった。

 調査報道大賞の優秀賞も受賞した西日本新聞記者・宮崎拓朗氏が関係者1000人以上の「叫び」を基に窓口の向こうに広がる絶望に光を当てるノンフィクション『ブラック郵便局』から、巨大組織の驚くべきモラルハザードを紹介する。(引用はすべて宮崎氏の著書、『ブラック郵便局』より)

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月20万円以上の保険料

「今日は来てくださってありがとうございます。どうしても怒りが抑えられなくて、御社に連絡を差し上げたんです」

 2019年の初夏。山口県のファミリーレストランで取材に応じた男性(37)は、そう語ると、かばんの中から保険の証書を次々に取り出した。1年ほどの間に、母親(71)が契約させられたものだという。

 男性が広げて見せてくれたノートには、これまでの経緯が細かく記録されていた。

「家中を調べると、次々に契約書が発見され事の重大さが発覚」

「月額24万円、とんでもない金額」

「民間の生命保険の人に相談。余りの事柄(件数、金額、頻度)に驚愕され、すぐに解約された方が良いと勧められる」

「天下の郵便局がこんな事をするとは」

「これは犯罪行為である」

 前年6月、母親宅に泊まりに来ていた親族が、郵便受けの中に郵便物がたまっているのを見つけたことが発端だった。

「保険料払い込みのお願い」と書かれた督促状が2通。いずれも差出人は「かんぽ生命」と書かれている。口座の残高不足で保険料が引き落とせなくなり、支払いを求める内容だ。請求された金額は、計42万円にも上っていた。

 親族が母親宅を調べると、次々に保険の証書が見つかった。かんぽ生命の保険が8件、郵便局が販売業務を請け負うアフラックと住友生命の保険が計3件。契約日を見ると、17年5月だけで5件、その後も毎月のように契約が締結されていた。

 母親は、物忘れの症状が進んでおり、後に軽度認知症と診断されている。小学生のころから引きこもりがちの長男(男性の兄)と二人暮らし。男性が尋ねても、母親は「郵便局の人に任せているから」と話すばかりで、母も兄も保険の内容について全く理解していない。貯金残高がなくなっていることにも気づいていなかった。

 月額の保険料は多い月で20万円を超えている。母親の年金収入は毎月13万円で、支払い続けられるはずがなかった。

 貯金口座を確認すると、最初の契約から10カ月後に残高は底をつき、直後に75万円の入金の記録があった。調べると、保険料の支払いに充てるため、既に契約した保険を担保にして、かんぽ生命から貸し付けを受けていたのだった。それでもすぐに残高不足になり、督促状が届いていた。約1年間で、支払った保険料は200万円以上になる。

 母親への保険営業を担当していたのは近くの郵便局の「金融渉外部」の課長と主任だった。男性がそれぞれに電話をかけて問い詰めたが、二人は「ご自宅を拝見したところ、資産家だと思っていました」などと言って反省する様子もない。そして平然と言い放った。

「さらに貸し付けを受ければ、引き続きお支払いできますよ」

 納得できない男性は、郵便局を相手に返金を求めて交渉を続けた。相手はなかなか応じず、仕事の合間を縫って弁護士に相談したり、母親に判断能力がないことを証明するために病院に連れて行って認知症の診断を受けたり。アフラックや住友生命の保険は、郵便局員が勧誘して契約させたにもかかわらず、「郵便局では対応できない」と言われ、自分で各社と交渉しなければならなかった。

 半年後、郵便局側は、ようやく全ての保険契約を無効にすると連絡してきた。だが、結果的に、支払った保険料が戻ってくるだけだ。交渉を手伝うために遠方から駆け付けてくれた親族の交通費など、少なくない出費を強いられた。そして何より、精神的に参ってしまった。

 男性は、ファミレスのテーブルに広げた11枚の保険証券を見つめながら、悔しそうな表情を浮かべて言った。

「20年ほど前に亡くなったうちの父親は、この郵便局で配達員として働いていたんです。地域に身近な郵便局が、お客の財産を奪うようなことをするなんて、本当に許せません」

 郵便局側は男性に、母親への営業を担当した局員は社内処分されたと説明したが、詳しい処分内容は明かしていない。

 ここまで悪質な営業行為は、保険業法違反の不正事案として金融庁に届け出ていなければおかしい。私はそう考え、Aさん(宮崎氏に取材を依頼した郵便局員)たちから提供を受けた内部資料をめくった。近年発覚した違法営業は全て記載されているはずだが、この事案は含まれていなかった。内部では、違法な案件とは判断しなかったようだ。

 私は男性の母親宅を訪れた局員たちのことを考えた。自分の母親や祖母のような年齢の女性を相手に、どんな顔をして保険の勧誘をしたのだろう。良心の呵責はなかったのだろうか。

数字至上主義の金融渉外部

 このころ、関東地方の郵便局員から一本の動画が送られてきた。東京のある郵便局が、保険営業で高い実績を挙げたことを祝うために開いた祝賀会の様子だという。

 壇上に立つのは若い男性。全国でも指折りの実力がある外回りの営業マンなのだそうだ。

 動画の中で、男性は、上司を「チンピラみたいな本部長」と呼んで会場の笑いを誘いながら、「多大なるご支援ありがとうございました」とスピーチをしている。刈り上げた頭髪、両手を腰に当てながら話す身のこなしは、郵便局員のイメージとはかけ離れていた。

 傍らには、シャンパンタワー用に積み上げられたグラス。背景に「2019年度~~郵便局 赤道突破祝賀会」と書かれた横断幕が掲げられている。「赤道突破」とは、上半期の目標達成を表す隠語だ。

 動画を送ってくれた局員は「外回りの局員にとっては数字が全て。実績さえたたき出せば、ヒーローのようにもてはやされるんです」と話した。

 外回り担当の局員は「渉外社員」と呼ばれる。全国に1万数千人おり、約1100カ所の大型郵便局の「金融渉外部」に所属している。

 私は、2018年度の、全国の渉外社員の営業成績を記した順位表を入手した。

 全国トップの東京の渉外社員の保険販売実績は、月額保険料に換算して約3100万円。当時、1人当たりの平均的な営業ノルマは300万円と聞いていたから、一人でその10倍を稼いだことになる。月額1万円の保険料の契約なら、月に約260本、1日当たり9本近くも取った計算だ。

 渉外社員は、契約を取るたびに、給料とは別に営業手当を支給される。成績上位者は、その額が年間1000万円以上。「ダイヤモンド優績者」「ゴールド優績者」などと格付けされて表彰を受け、食事会や海外旅行などでもてなされるという。

 彼らはどんな営業をしているのだろう。ノルマの厳しさを訴える局員とは何人も知り合ったが、高い営業実績の渉外社員に出会うのは難しかった。つてをたどって電話をかけたり、自宅を訪ねたりしても、取材を断られる日が続いた。思案に暮れていると、ある地方都市の郵便局に勤めている渉外社員の男性から連絡があった。

「郵便局で何が起きているのか知ってほしい。しっかり聞いてくれるのでしたら、お話しします」

「乗り換え契約」という禁じ手

 男性は民営化前から保険営業一筋で、毎年、平均的な営業ノルマの2倍近くの契約を取っていた。所属する日本郵便の地方支社管内では上位の成績で、何度も表彰されたことがあるという。

 男性は「自分で言うのも変ですけど、バリバリにやっていた方だと思う。2~3年前までは、クリアな営業ができていました」と言った。

 バイクで顧客宅を回り、身の上話を聞きながら、相手の将来設計に合った保険を提案する。顔なじみになった顧客から、育てた野菜をお裾分けしてもらうこともあった。

「郵便局の仕事は地味ですけど、地域の人の役に立てている実感があって、やりがいがありました」

 壁に突き当たり始めたのは2016年ごろ。商品の改定により、保険料が値上げされたためだ。

 郵便局が主に取り扱うのは、貯蓄型の生命保険。死亡時に保険金が出るだけでなく、10年の満期を終えると、貯まった満期保険金が戻ってくる仕組みになっている。かつての高金利の時代には、支払った保険料より多くの満期金をもらうことができたため、貯金のようなイメージで加入していた高齢者が多い。

 しかし、低金利の時代に入り、満期金は支払った保険料を下回るようになった。それに加え、販売元のかんぽ生命保険は、民営化後も政府の関与が残っており、民業圧迫を避けるための規制がかかり、自由な商品開発ができない。他社と比べて取り扱う保険商品がどんどん見劣りしていく。新規の契約を取るのが難しくなっていった。

 それでも、全国トップクラスの渉外社員たちは、変わらず実績を挙げ続けている。男性は「どんな営業をしているのだろうか」と疑問を持ち、彼らの契約内容を調べてみた。ほとんどが「乗り換え契約」だった。既に加入している保険を解約し、新たな契約を結ぶ手続きだ。

 乗り換えの場合、保障内容が良くなるというメリットがある反面、解約に伴う損失があったり、保険料が上がったりといったデメリットも多い。男性はそれまで、顧客に乗り換えを勧めたことはなかった。後輩が実績稼ぎのために乗り換え契約を取ってきた時には、「お客さんが損するような営業はしたらいかん。一緒について行ってやるから、乗り換えだけはするな」と指導していた。

 次第に実績が下がり、焦りが募っていった。支給される営業手当が減り、生活水準も維持できなくなりそうだった。

「俺もやるしかない」

 ある日を境に、乗り換えに手を染めるようになった。なじみの顧客宅を訪れ「新しい商品が出ましたよ」と声をかける。既に加入している保険の解約を勧め、解約に伴う返戻金を原資に新しい保険に入らせる。顧客に多少の不利益があっても、メリットを強調して納得させる。そんなことを繰り返すうちに、「良心が麻痺していった」という。

「自分のためでもあるし、職場のためでもあるんです」

 男性は苦悶しながら打ち明けた。

 所属する局には、毎日のように支社の幹部から電話が入る。

「今日の目標は達成できるのか」

「全然数字が上がっていない社員がいるだろうが。もっとアポを入れさせろ」

 電話を受け、防波堤になってくれるのは、気の優しい上司の金融渉外部長だ。

 局の実績が低迷し続けると、支社の幹部数人が直接局にやって来て部長に詰め寄り、「飛ばすぞ」などと怒鳴り声を上げていた。幹部らが帰った後、「大丈夫ですか」と声をかけると、部長は「腹が立つけど仕方ない。今日の目標が達成できなかったら、呼び出しだと言われたよ」と力なく笑う。男性は「何とかして助けないと」と焦った。

 求められるのは、その日その日の数字だ。顧客リストで乗り換えができそうな客を探しては訪問し、「良い商品なんですよ」と言いながら「即決」してもらう。以前のように何度も家に通い、納得してもらってから契約を取ることなどできなくなっていた。

 1年前の4月、NHKの番組が郵便局の保険の不正営業について特集したとき、「これを機に会社が変わってほしい」と祈るような気持ちになった。だが、放送後も状況は一向に変わらない。「誰が取材に応じたんだ。犯人を見つける」と苛立つ幹部もいた。

 まともな営業ではとてもこなせないノルマ。局員たちは競うように乗り換え契約を続け、次第に乗り換えを提案できる客もいなくなった。指導役の「インストラクター」を務める同僚に尋ねても「俺らも、どうやって教えていいか分からん」と言う。堂々と、乗り換えを客に勧めるよう不適切な指示を出す幹部がいる一方で、会社からは「適正な営業をしましょう」と形だけの指示文書が送られてくる。

「これ以上、お客さんに迷惑をかけたくない。もう限界です」

 男性の表情には、絶望感がにじんでいた。

宮崎拓朗(みやざき・たくろう)
1980年生まれ。福岡県福岡市出身。京都大学総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、2018年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。

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