「映画はとにかく引き算だ」…“40歳でこの世を去った名優”が「石橋凌」に役者魂を叩き込んだ奥深い言葉
俳優、歌手、タレント、芸人……第一線で活躍する有名人たちの“心の支え”になっている言葉、運命を変えた人との出会いは何か――。コラムニストの峯田淳さんは、日刊ゲンダイ編集委員として数多くのインタビュー記事を執筆・担当し、現在も同紙で記事を手がけています。そんな峯田さんが綴る「人生を変えた『あの人』のひと言」。第5回はミュージシャンだけでなく、役者としても活躍している石橋凌さん(68)が、尊敬する大俳優にかけられた言葉を紹介します。
「映画は引き算」
松田優作が家庭教師を演じた83年の話題作「家族ゲーム」(森田芳光監督)に、有名なシーンがある。
高校受験の子供を持つ伊丹十三と由紀さおり夫婦の会話である。伊丹演じる父親は、目玉焼きを食べる時に黄身をチューチュー吸って食べるのが習慣だが、硬く焼き過ぎ、吸うことができない。これに納得できない伊丹が「この黄身、なんだよ」と由紀を責めるが、由紀が「黄身がどうかしましたか」と何食わぬ顔で応える。これに「こんなに硬くちゃ、チューチューできないじゃないか」と伊丹が語気を荒らげる
シュール? いや、大人げない感じがするが、世の常識に縛られる家族の意外な一面を表現していて秀逸で、映画の評判はすこぶるよかった。この映画の初顔合わせで由紀は松田から、
「この映画は、僕としては、5センチ浮いた芝居がいいと思う」
と言われたという。
5センチ浮いた芝居? どういうこと? と思ったそうだ。そして、撮影が進むうちに「リアルな日常生活の中で、少しだけ現実離れした一面がのぞく」ことだと気がついたと、自著『明日へのスキャット』(集英社)で語っている。
この言葉も松田の名言だと思う。「も」というのはロックバンド「ARB」のボーカル、石橋凌もまた、松田に今も忘れられない言葉を伝授されているからだ。
石橋は自分を託せるのは「この人しかいない」と直感した松田に、「映画は引き算だ」と教わった。
ある年の忘年会で松田に出会った石橋は「相談にのってもらえますか」とお願いし、自宅を訪ねた。それがきっかけで松田が監督・脚本・主演の作品「ア・ホーマンス」に出演することになった。松田は新宿にやってきた謎の男、石橋はヤクザの幹部。その親分はポール牧が演じた。
親分が食事している時、石橋がアタッシュ ケースを持って背後から8、9歩近づくシーンがあった。
何十回やってもNGが出る。ついにシビレを切らした石橋はどこがダメなのか尋ねた。それに対し、松田はこう指摘した。
「左足が少し外に出ている。右肩が少し下がっている。それはバンドマンとして生きてきたお前の歩き方だ」
ヤクザの幹部がどういう状況で誰に何を持って歩く8歩か、幹部になりきって歩けということだった。
「映画、舞台、ドラマ、全部違うからね。映画はとにかく引き算だ。『さあ、芝居しよう』ではない。撮影期間は(余計なものをそぎ落として)その人物で生きる」
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