ドラマ「VIVANT」でおなじみ「神田明神」の柳の下から札束200万円…80年代に“考察”が飛び交った「KGB資金発見疑惑」とは

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非常時のための準備資金?

 この方法は時代遅れでも何でもない。1987年、米軍の横田基地を舞台にしたソ連のスパイ事件で逮捕者が出たことをご記憶の向きも多かろう。あの事件では、神田明神ではなくて、谷中霊園にある木の根のウロ(空洞)が「埋設連絡場所」に利用されていたのである。

「神田明神の場合、地面から15センチというのがちょっと浅いような気もするし、200万円という金額もKGBにしては大きい。しかし、それはスパイに対する報酬ではなくて、非常時のための準備資金かもしれない。墓地や神社の境内は彼らの教科書に格好の場所を提供しているんですよ」(先の事情通)

 万世橋署では、「KGBの資金だって? まさか」とそっけなかったが、諜報活動に対する防諜活動に、やはり饒舌はタブーということか。ちなみに残された札束は半年が経過すると、「発見者と神社で折半する」ことになるそうだ。

(以上、「週刊新潮」1989年3月13日号「神田明神で発見された『KGB資金』」より)

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日常に潜んだ非日常への入り口

 記事中で「公安関係の事情通」が語った横田基地のスパイ事件は、訓練されたスパイが組織に入り込むものではなく、盗み出した情報を売却する形式だった。買い手は中国とソ連、売り手はブローカーと基地職員を含む4人。日本国内で接触していたのはソ連の外交官らで、1979年5月から動き始め、1987年5月に4人が逮捕された際に全員が帰国した。その後、日本側の出頭要請には応じていない。

 逮捕された4人が明かした売買の詳細によれば、報酬は1回の情報提供につき200万円から300万円。ソ連側が用意した谷中霊園の「デッド・ドロップ」はエノキの根の穴だった。一方、神田明神で見つかった札束の金額は約200万円で、使われた聖徳太子の1万円札は1986年1月まで発行されていた。そして、谷中霊園と神田明神の距離は約3キロメートル。素人目に見ても、KGB資金説が噴出する要素はたしかに豊富である。

 スパイ小説や映画のファンの多くは、デッド・ドロップという単語につい心が弾んでしまうだろう。KGBの専売特許ではなく、特に冷戦時代は米CIAや英MI6なども積極的に用いていた。現在は「スパイといえば」のお約束となり、米ワシントンD.C.の国際スパイ博物館では、公共交通圏内のデッド・ドロップを探すという宝探しゲームが開催されたこともある。

 神田明神の穴もデッド・ドロップだったのどうかは、記事にもある通り、地面から15センチという浅さが微妙なところだ。誰かがへそくりを埋めたまま放置しただけという種明かしも十分ありえる事件だろう。それでも「VIVANT」のヒットが証明したように、「日常に潜んだ非日常への入り口」に独特の魅力があるものだ。

デイリー新潮編集部

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