「トイレに行く時間が総務部に決められていた」 すさまじいパワハラが横行する日本社会の謎(中川淳一郎)

  • ブックマーク

 最近、パワハラ被害に遭った人たちの話を聞くようになりました。一人はゴーストライターの40代女性ですが、編集者から「あなたの文章はヘタクソだ!」「あなたは私の言ったことを理解していない!」と、語尾の一文字まで全否定、無能扱いされるのです。彼女はこれまで50冊以上の本を書いており、文章がヘタだと言われる理屈はないのに。

 あくまで「今回の書籍編集者」が彼女の文章にダメ出しを続けてイジめたのですが、「は」と「が」の違いをネチネチ突っ込むような仕儀で、だったらあなたが直せばいいだけでしょ? と思うような指摘だらけ。

 私が彼女の立場なら、この編集者にキレて実名を挙げ、ツイッター(現X)でさらすレベルのパワハラです。

 私は彼女に「一回キレろ。キレたらその御仁は自分がパワハラしていることを理解するとともに、今あなたが抜けた場合に困ることを理解する」と伝えました。

 その言葉通り彼女はキレ、うやむやのうちに仕事は進むこととなりました。

 こうしたことは仕事をしていればあるものですが、パワハラってかなり多いですよね。例えば会社を辞めた知り合いの女性。その退社理由がすさまじかった。

 ナンと、トイレに行く時間さえ総務部によって決められていたというのです!

 そこは日本を代表するIT企業。朝、デスクに着くとトイレに行っていい時間を書いたメモが机に置かれている。1日3回です。いや、お腹を壊していたり、ちょっとお茶を飲み過ぎたりしたらトイレなんて近くなるでしょうよ! というツッコミはさておき、会社は明確な便所時間を示す。

 幸いなことに、彼女は数百億円を持つ大資産家の娘さんだったため、この手のバカルールには従わず退社しましたが、普通の会社員なら従わざるを得なかったのではないですか。

 実はこうしたことが、ごく一般化している、この状況、一体何なのでしょう。日本全国総SM状態になってしまったんですかね。

 日本はかなりの衰退国家と化しています。発展を目指すよりもダメ出しすることが仕事人としての重要事項である、と考える人が多くなってしまったのか。

 正直、私のようなモノカキの場合、編集者からダメ出しされるのは構いません。「この原稿がダメなんだったら、そちらがどうぞ自由にご修正ください」としか思えない。

 大作家サマではありません。モノカキです。文章にプライドは持っていないし、発注主の好きにしてもらいたいと思っています。でも、発注主の側は「微細にわたり、とことんこだわって厳しくダメ出しするのが自分の仕事」的なマインドで、無意味で不毛な指摘を縷々として続ける。

 私がまだライター駆け出しの頃です。「東京ディズニーシーは右から回るのがいい、USJは左から回るのがいい」という企画を立てた雑誌編集者がいました。正直「ハッ?」ですよ。単に彼が何か尖った切り口を考えたかっただけ。もちろん下請けの私は従いました。

 結果、シーの担当者から「USJとは比較しないでね」と言われたのに彼は比較を敢行、見事に出入り禁止を食らいました。しかも、そのことを誇りに思ったという破天荒過ぎる人物です。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年2月27日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。