利上げで最注目「なぜ日本銀行の発表は難解なのか」…ビジネスパーソンなら知っておくべき「日銀文学」の読み解き方
「日本銀行は、物価の安定と金融システムの安定を目的とする、日本の中央銀行です」――日銀のHPにはそんな文言が掲載されている。先頃、政策金利を0.5%程度に引き上げ、我々の日常生活にも影響を与える日銀とはどんな組織なのか、政策をどう読み解けばいいのか。巨大組織の知られざる内実を解剖する。
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江戸時代、「金座」と呼ばれる金貨の製造機関があったのが、東京・日本橋の本石町である。神田川にかかる日本橋からほど近く、首都高に沿って歩けば、その跡地に日本近代建築の父と呼ばれた辰野金吾による重厚な石造りの建築がお目見えする。日本銀行本館だ。
いま、かつてないほどに「日本銀行」への注目度が高まっている。1月24日、日銀の金融政策決定会合は政策金利(短期金利)を0.25%から0.5%に引き上げることを決め、昨年7月に続く利上げとなった。同水準の金利は実に17年ぶりだ。マイナス金利が解除され、「金利のある世界」に移行する中、日銀による利上げが住宅ローンなど我々の生活に直接的な影響を与えるようになったことで、日銀総裁の一挙手一投足がメディアでも大きく報道されるようになっている。
その日銀がどう政策を決定し、我々はそれをどう読み解くべきなのか。利上げが現実の生活やビジネスに影響を与えることになったいま、日銀という組織を理解し、金融政策へのリテラシーを高めることはビジネスパーソンにとって必須の「教養」と言っていいだろう。
日銀は全国32の支店を含め、約4500人の職員がいる。その巨大組織を率いるのは一昨年4月に就任した植田和男総裁(73)。総裁を補佐する副総裁は2名、現在は日銀生え抜きの内田眞一氏(62)と元金融庁長官の氷見野良三氏(64)が名を連ねる。さらに6名の審議委員を加えた計9名で政策委員会を構成、日銀の最高意思決定機関となっている。
政策委員会によって年に8回開かれる金融政策決定会合で重要な金融政策の運営に関する事柄は決定される。「利上げ」もこの会合で決まるが、会合を受けた日銀の発表を金融政策に明るくない素人が読んでも理解することはなかなか難しい。曖昧な言葉が頻出し、何を言いたい発表なのか、一読しただけではわからないのだ。
難解な「日銀文学」
「日銀の情報発信はマーケットを動かす、大きな影響を与えてしまうため、慎重な言い回しをせざるを得ません。これは日銀に限らず、FRB(米連邦準備制度理事会)やECB(欧州中央銀行)などの海外の中央銀行も同様です」
とは、日銀OBでみずほリサーチ&テクノロジーズチーフアジア経済エコノミストの河田皓史氏。
「わかりやすさを優先した結果、誤読されてしまうと、市場が過剰反応し、混乱を招く可能性があります。マーケットが荒れてよいことは何もありませんから、過剰反応しないような曖昧な言い方になる。例えば、昨年4月の決定会合後の記者会見で、植田さんの発言が円安を容認すると受け取られてしまい、結果的に円安が進み、為替介入する事態になってしまった。植田さんのサービス精神が裏目に出てしまった形です。本来こうした事態を防ぐため、、日銀の発表は極力、リスク要因や不確定要素、マイナス要素を提示しつつ、メインの考え方を示していく。だから、わかりにくいのです」
日銀の発表は「日銀文学」と呼ばれるほど難解とされる。『日銀総裁のレトリック』(文春新書)著者で、20年以上にわたって通信社で日銀取材を続けている木原麗花氏が言う。
「一般的に文学と言えば、様々な解釈があり得ますが、解釈が分かれてはいけないのが日銀文学と言えると思います。解釈がばらけると、市場が混乱してしまうからです。いろいろと丁寧に説明しつつも、読み手の解釈はひとつに収れんさせる。それが最も優れた日銀文学と言えるかもしれません」
こうした日銀文学を読み込んでいけば、利上げの“兆候”を事前に掴むことは可能だ。
「日銀の公式文書(金融政策決定会合後の公表文、展望レポートなど)を継続的に繰り返し読み、マーカーを引きながら文言の変化に注目する。文言の変化には必ず意味が込められているので、トレーニングすればそこから政策変化を推測できます。ただし、ややマニアックな読み方になるので、そこまでできない方は、日銀と直接コミュニケーションを取っている新聞や通信社などメディアの記者やエコノミストの中から自分のフィーリングに合う解説者を選び、その人を継続的にウオッチするほうが効率的です」(河田氏)
例えば、日銀文学でよく使われる用語として挙げられるのは、「めど」「概ね」「基調として」などの曖昧な言葉だ。『日銀総裁のレトリック』には日銀の情勢判断を例に日銀文学の例が掲載されている。一部を引用してみよう。黒田東彦総裁時代の展望レポートにはこんな記述がある。
「わが国の景気は、輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられるものの、緩やかな回復を続けている」(2016年1月30日の「展望レポート」)
これが翌々月の声明文では
「わが国の景気は、新興国経済の減速の影響などから輸出・生産面に鈍さがみられるものの、基調としては緩やかな回復を続けている」(2016年3月15日の声明文抜粋)
となる。一読しただけでは何が変わったかわからないが、「基調としては」という用語が加わったことで、景気判断を下方修正したことが窺える。
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独特のルールで運用されている日銀とはどんな組織なのか。
有料記事「『日銀文学』の読み方、エースが集う『企画局』…17年ぶり『金利ある世界』到来で注目される『日本銀行』の知られざる内実」では、日銀のエースが集う「企画局」の実態、政治との攻防など、ベールに包まれた組織の実態を報じている。