尹大統領の「自主退陣論」が浮上…内戦回避の切り札となるか

  • ブックマーク

獄中からの警告

――左派は自主退陣論をどう見ているのでしょうか?

鈴置:私が韓国メディアをチェックした限りですが、左派が自主退陣論を主張するのは見たことはありません。せっかく弾劾寸前まで追い込んだのに、ここで退陣されたら尹錫悦氏と保守を貶めるチャンスを失う、といった思いでしょう。

 もちろん表立って「貶めたい」「辱めたい」とは言わず、「戒厳を宣布した大統領をきちんと罪に問わないと再発する」といった論理になるのでしょうが。

 そもそも、自主退陣論は弾劾後の大統領選挙を保守有利に運ぶための作戦でもあるのです。保守にも弾劾賛成派はいるわけで、そんな人は弾劾阻止に動く与党「国民の力」から離れました。自主的退陣は保守分裂を修復する特効薬なのです。

 そのような薬効を持つ自主退陣論を左派が支持するはずがありません。左派系紙ハンギョレが、「尹錫悦が恩赦を受けて闊歩できないように【チョ・グク獄中寄稿】」(2月15日、日本語版)を載せています。

 筆者は曹国(チョ・グッ)氏。文在寅(ムン・ジェイン)政権時代に法務部長官に任命されるなど、一時は左派の次期大統領候補と見なされた法学者です。

 しかし、娘の不正入学疑惑で懲役刑が確定したため国会議員の資格を失い、現在、収監中です。寄稿は次期大統領選挙をにらんで左派の団結と候補一本化を訴えたものですが、次のくだりに注目です。

・主権者である国民と野党は、気を引き締めなければならない。尹錫悦が罷免されても、尹錫悦を大統領にして政権を握った勢力はそのまま残っている。彼らが政権を握れば、尹錫悦は恩赦で釈放され、前大統領の肩書きをつけて闊歩するだろう。

 尹錫悦大統領の自主的退陣を念頭に置いたかは分かりません。ただ、「恩赦」を取引材料に保守勢力が団結し、候補を一本化することに強い警戒心を見せたのです。

時すでに遅し?

――国論分裂を防ぐ「自主的な退陣」。実現するのでしょうか?

鈴置:可能性は高くないと思います。まず、尹錫悦氏の性格です。常に真正面から敵と戦ってきた人で、プライドも高い。「退陣」は少なくとも瞬間的には「負け」を意味すると考えるはずです。憲法裁判所での左派との戦いから逃げるのですから。

 朝鮮日報の記者3人はいずれも「退陣」という言葉を使わずに退陣を求めています。尹錫悦氏のプライドを傷つけないよう、恐る恐る書いている感じです。怒らせたら逆効果と考えていると思われます。熱狂的な尹錫悦ファンから襲撃されるリスクを避ける狙いもあるでしょうが。

 2月25日夜、尹錫悦大統領は憲法裁判所で最終弁論に臨みました。同日朝の保守系各紙は自発的退陣の表明を期待しましたが、そうした発言は出ませんでした。

 それに、自主的退陣のタイミングが「時すでに遅し」になりつつあります。趙甲済氏は「若干でも棄却の可能性が残っているように見えるこの時期を逃すと、効果が減じる」と書いています。

 弾劾が確実な大統領が身を引いても、尊敬も同情もされないからです。そうなったら刑事裁判も身柄拘束のまま取り調べが進むでしょうし、恩赦の可能性もぐんと減ります。

次ページ:「決戦の時」は3月上旬か

前へ 1 2 3 4 次へ

[3/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。