韓流ドラマをほうふつさせるセクシーなシーンも 金正恩肝いりの戦争映画「72時間」を読み解く
驚くべき率直さで朝鮮戦争の失敗を認める金正恩
荘厳なBGMが流れ、いよいよエンドロールかと思いきや、男性ナレーターの声が重々しく響く。スクリーンに字幕が浮かぶ。興ざめだが、このメッセージこそ、金正恩が映画を通じて伝えようとした核心である。
〈朝鮮人民軍前線部隊の一部軍事指揮官は事大主義と教条主義に陥り、わが国の実情に合わない先行軍事理論と他国の戦闘経験を図式的に適用しながら、さまざまな作戦と戦闘で主導性と創発性を発揮できず、挽回できない誤謬(ごびゅう)を犯した〉
〈民族保衛省の責任幹部と軍事指揮官の無責任性により、ソウルを解放した人民軍部隊が5日もの間、ソウルにとどまり、貴重な時間を失った。結果、米帝が朝鮮戦線に侵略武力を投入する前に迅速かつ機動的な打撃で敵を掃討し、共和国南半部を完全に解放するという金日成同志の軍事戦略的方針は貫徹できず、一時的後退という苦い歴史的汚点を残すことになった〉
金正恩は朝鮮戦争の失敗を認めている。驚くべき率直さだ。金日成軍事総合大学時代に「失敗の本質」を研究したのだろう。映画のクランクインはロシアによるウクライナへの軍事侵攻の時期と重なる。その完成した映画を唯一、外国人に披露したのは朝鮮戦争勃発の日である昨年6月25日、在平壌ロシア大使館の職員に向けてだった。大使館のフェイスブックに映画のポスターと観覧の様子が紹介されている。
「祖国解放」の大義
直前の6月19日には訪朝したプーチン大統領が金正恩と会談し、包括的戦略パートナーシップ条約を締結、ロシアへの大規模な派兵につながっていく。
そう、映画「72時間」はウクライナ戦争とリンクしている。米紙ワシントン・ポストは派兵された兵士が所持していた金正恩の新年あいさつを入手した。指揮官から伝達されたのか、紙に青いインクでしたためられている。派兵先は「海外作戦地域」とのみ。こんな文面だ。〈同志たち! 同志たちが本当に恋しい。みなが健康で無事に帰還することを私がずっと祈り続けていることを一瞬たりとも忘れないでほしい。課された軍事任務を勝利のうちに完遂するその日まで、みなが健康でより勇気を奮い立たせ戦うことを願う。金正恩 2024.12.31〉。
北朝鮮はロシアへの派兵を公式発表していない。なぜか? 朝鮮戦争は「祖国解放」の大義があった。それがないのだ。わが息子が遠い異国の地で戦死したと親が知れば、その不満は体制を揺るがしかねない。金正恩は韓国を永遠の敵国と位置付け、統一を捨てたが、戦争を放棄したわけではない、と釈明したいのだ。朝鮮戦争の教訓を忘れず、核開発に拍車をかけ、最新鋭のミサイルで在韓、在日の米軍をたたく。そしてロシアの援護で電光石火、南進する。だからいま、若い兵士に戦争の実体験を積ませているのだ、と。
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