韓流ドラマをほうふつさせるセクシーなシーンも 金正恩肝いりの戦争映画「72時間」を読み解く

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アクション映画としてのハイライト

 開戦前夜、金日成は平壌にある党中央の執務室にいる。演じるのは金日成とうり二つの人民俳優、カン・ドクだ。無線傍受によれば、敵が開戦を予定しているのは明け方4時。時計は11時を指している。金日成は引き出しから1枚の写真を取り出し、しばし思いにふける。幼いわが息子、金正日を抱くスナップ。1946年4月に撮影された実物である。金日成は息子世代のためにも反撃=戦争をすでに決意していたと言いたいのだ。金正恩の脳裏に愛する娘、ジュエがあったことは想像に難くない。

 案の定、4時に38度線の南から一斉に攻撃を受けたとの報が金日成のもとに届く。なぜか沈着冷静な金日成、早くも4時10分に党中央委員会で軍幹部から最前線の状況を聞き、4時30分には地下にある人民軍総参謀部作戦室へ。6時に内閣非常会議を主宰、ここで「決定的な反攻撃で武力侵犯者を掃討せよ!」と、疾風怒濤の南進への号令を発している。常識で考えれば首をかしげざるを得ないスピーディーな展開。繰り返すが、史実は逆で北朝鮮が奇襲したのだ。

 アクション映画としてのハイライトはソウルに一番乗りした伝説の部隊、近衛ソウル柳京守(リュギョンス)第105戦車師団の活躍である。金正恩が最高指導者となって間もなく、朝鮮中央テレビが放映した記録映画にこの部隊が登場している。金正恩は戦車の操縦かんを握り、韓国の道路や地名標識が立つ雪原を走り抜けた。韓国を「平定」していくイメージだ。

臨場感あふれる戦闘シーン

 記録映画でクローズアップされた軍楽隊の楽譜に親筆メッセージがあった。〈米帝と南朝鮮かいらいどもとの総決死戦でも全軍がこの歌を共に歌い、南進の道を行かなくてはなりません〉。ちなみに歌のタイトルは「どこにおいでになるのですか、恋しい将軍さま」だった。このメッセージこそ金正恩の対南戦略の「初心」であり、映画「72時間」にもその思いを込めたはずだ。

 臨場感あふれる戦闘シーンは息を飲む。ロケに多くのエキストラを動員しただけでなく、最新CGも駆使している。戦車からの弾丸の発射をさまざまなカメラアングルから捉え、砲弾が飛ぶさまをスローモーションで撮っている。既視感があるのは弾道ミサイル発射のニュースでも同じ演出をしていたからだ。金正恩は主人公が銃撃で倒れるシーンにこだわり、もっと生々しく体を震わせるべきだと注文したという。違和感もある。北朝鮮の女優に化粧を施し、なんとか西洋人に見立てているのだ。

 映画は劇的なソウル解放で終わる。人民軍の兵士が中央庁舎にたなびいていた韓国の国旗、太極旗を引き裂き、北朝鮮の国旗を掲揚する。市内のいたるところに「民族の英雄金日成将軍万歳!」の横断幕が掲げられ、戦車で入城してくる人民軍を市民が歓迎する。そしてついに金日成のラジオ演説。「親愛なるソウル市民のみなさん! きょう6月28日午前11時30分、英雄的な人民軍は祖国の首都ソウル市をかいらい・李承晩一味の支配から完全に解放しました」。人民軍の幹部らはみな目に涙を浮かべ、歓喜に酔いしれるのだった。

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