韓流ドラマをほうふつさせるセクシーなシーンも 金正恩肝いりの戦争映画「72時間」を読み解く
北朝鮮のテレビが放送した金正恩肝いりの映画「72時間」が衝撃的だ。わずか3日でソウルを占領した朝鮮戦争を描くハリウッドばりのアクション超大作である。金正恩の戦略を知る一級のオシント(公開情報)映画をジャーナリストの鈴木琢磨氏が読み解く。
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映画は1月2日と3日の両夜、朝鮮中央テレビのゴールデンタイムに流された。前・後編合わせて4時間にも及ぶ。筆者は「非常戒厳」を巡る大混乱の続くソウルで一報に接した。まさかこのタイミングで! 金正恩の新年メッセージに違いない。そう感じ、ぞっとした。平壌はじめ北朝鮮各地の映画館で封切られたのは昨年2月、朝鮮戦争を題材にしているらしかったものの、詳細は労働新聞にも紹介されず、夏ごろには上映禁止になったとの情報すら耳にした。
満を持しての放映だったのだろう。予告編まであった。それによれば、金正恩自らが戦争もの映画の代表作、大傑作にすることを提起し、タイトルを決め、台本に手を入れたという。俳優の選択、特殊メイク、車両についてまで指導し、火炎の飛び交うロケ現場に出向いたとも明かした。ナレーターは大仰に評した。「一つ一つ手を取り導いてくださった偉大な元帥さまの不眠不休の労苦によって誕生した、新時代の映画革命の高貴な産児!」。
矛盾だらけのストーリーだが……
さて、映画は冒頭から目を疑った。オープニング映像がアメリカの「20世紀FOX」そっくり。父・金正日の映画好きは有名だが、スイスに留学した金正恩もハリウッド映画にあこがれてきたのだろう。お気に入りの牡丹峰(モランボン)楽団のステージで映画「ロッキー」のテーマが演奏されたこともある。
続く本編はいきなり度肝を抜く。主人公の若き兵士と恋仲の電話交換手がキスしたり、女性が下着を脱ぎ、シャワーを浴びたり、ベッドで朝を迎えるきわどいひとコマもある。むろん、映画へ引き込むつかみだが、視聴が御法度である韓流ドラマをほうふつさせる破格の演出は金正恩にしかできない。タブーを犯してまで伝えたい重要なメッセージを込めた証左でもある。
メインテーマはあくまで朝鮮戦争だ。1950年6月25日、北朝鮮の奇襲により勃発した戦争だが、この映画は米韓の挑発で始まったとする彼らの通説に則っている。そもそもの設定が史実と異なるから、矛盾だらけのストーリーにならざるを得ない。だが、フィクションだと割り切って見れば、金正恩の戦争観が透け、きわめて興味深い。
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