岩井俊二の音楽遍歴 名作たちに広がりをもたらすセンスは、いかに育まれたか

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 映画監督として知られる岩井俊二(62)。手がけた「スワロウテイル」や「リリイ・シュシュのすべて」等の演出を思い出せば、音楽的な造詣も深い人物であることが分かる。その音楽センスはどのようにして育まれ、そして作品に生かされてきたのだろうか。

(全2回の第1回)

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先に楽器をやっていれば音楽の道に進んだかも

 特定の歌手というよりも、同じ系統の曲を幼少時から好んで聴いていたという。幼い頃から曲の「系統」が分かるという一点でも、音楽的な才覚は早期に芽生えていたことが窺える。

「小中学校の頃の話ですから、最初はよく分かってなかったけれど、誰かがっていうより、この曲が何か好きだな、みたいな思いがずっと連なってて。その意味では、あまり歌謡曲にはピンと来ていなかった。虫プロダクションのアニメの曲とか、時々好きな曲に遭遇するんです。今にして思えば、好きな曲にはポップスやジャズなどで使われるようなコード展開がありました。分数コード(コードのルート音と異なるベース音を持つコード)が使われたり、コードが例えばGメジャーからGm7へ移行する感じとか。そういうものに反応していたようです。でも、当時はまだあまりそういう曲が多くなかったんです」

 トランペットのハイトーンで始まる「ジャングル大帝」の曲も好きだったが、特に印象に残っているのは同じ虫プロの「アンデルセン物語」のエンディング曲「キャンティの歌」。「ルパン三世」の峰不二子役でもおなじみの増山江威子が愛らしい声で歌い、作曲は宇野誠一郎。当時の岩井は小学3年生だったが、後に知るジャズの名曲「スターダスト」のような雰囲気を感じ取ったという。

 ちなみにさらに遡れば、3~4歳時のお気に入りは童謡の「あめふりくまのこ」だろう。曲調はメジャーだが悲しい内容の歌で、そこが好きだったという。のちに友人でもある著述家の湯山玲子にその話をすると、「それ、父(湯山昭)が作った曲です」と言われ、驚いたというエピソードも。

 数は多くない「好んだ歌手」でいえば、小学校高学年にカーペンターズ、西部劇映画「明日に向って撃て!」の主題歌「雨にぬれても」を作曲したバート・バカラックなどが大好きだったという。「前世に何かあったのでは」と自身を語るほど、音楽的な趣味は一貫していた。

「中高時代に楽器をやっていれば、音楽の道に行っていたかもしれません。ところが8ミリカメラを先に手にしたんですね」

自らの映画用に自分で弾いた曲を

 8ミリカメラを入手したことで、興味は映像へ向いて行った。高校卒業後は横浜国立大学の教育学部美術学科に進学。とはいえ音楽への関心は失せてはおらず、学部の音楽科にあった音楽棟の地下練習室にこっそり潜り込み、個室のアップライトピアノを使ってコード進行などを試していたという。

「友達がユーミン(松任谷由実)の楽譜集を持ってきて、コードをなぞっていくうちにだんだんハマっていきました。そこにメロディーを足して。当時は打ち込み用のコンピュータなどはなかったので、映像作品に使うサウンドトラック(サントラ)を作るにも、まずは自分で練習して弾けるようにならなければ、というような意識でやっていました」

 近年になって、大学時代の岩井が弾いたアップライトピアノを録音した音源を友人が発掘し、送ってきてくれた。およそ8分程度、一定のフレーズを繰り返し弾いたもので、当時はその中で使えそうな部分を映画の音楽に用いたという。聴かせてもらうと、調律がやや微妙な感のあるピアノ曲ながら、一心不乱に奏でる姿が想起されるような演奏だった。

「安定して弾いているのが(逆に)不気味ですね(笑)。上手くはないんですけど、もう頭の中に浮かんでいるものを探して弾いているみたいな感じでしたね。コードはあるんだけれど、それだけじゃあ説明しきれないところは、もう直感で弾いたみたいな」

 毎日のように触って弾いているうちに独学で覚えたピアノを使って、音楽的な好みを前面に押し出した曲。そんな音楽に対する姿勢は、その後の映像作品にも生かされているのは間違いない。

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