「俺は客が1人でも全力で戦うよ! そこで命を張るのがプロなんだ!」 小さな巨人「グラン浜田さん」が貫いた“和製ルチャドール”の熱きプライド
「客が少なくても、命を張るのがプロなんだ!」
(10枚もはけてない!)
前売りチケットの売れ具合を見て、サスケは青くなった。当日券販売に賭けたが、この日も結局、会場は閑散としたものに。数えてみれば、僅か85人(※主催者発表の数字は185人)。サスケは、厳しい顔つきの大先輩に、申し訳なさげに切り出した。
「浜田さん、客入りも良くないし、早く終わらせて帰りましょう」
それを聞いていた若手も応えた。
「さんせ~い! さあ、店じまい店じまい……」
カミナリが落ちたのは、その時だった。
「バカヤロウ!」
それはサスケ自身、初めて見る、浜田の憤怒の表情だった。
「お前らね、こういう時だからこそ、俺たちは余計に頑張るんだよ! 客が少ないから手を抜くなんて、もってのほかだ! 思いっ切り、持てるものを出し尽くしてやるんだよ! だって俺たちから、そういうプライドを取ったら、何が残るって言うんだ!?」
唖然とする選手たちを尻目に、伝説のルチャドールの怒号は続いた。
「俺はなあ、お客が1人でも、全力で戦うよ! それこそがプロレスラーのプライドじゃないのか。俺たちは、いつなんどきでも、命を張って戦ってるんだぞ。客の多い少ないは関係ない! 客が少なくても、命を張るのがプロなんだ! だからオレは、今日も全力でやるぞ!」
サスケは自著で、こんな風に振り返っている。
〈浜田さんの言葉を聞いて、みんなハッとして眼が覚めた。そのとき、ぼくはあらためて決意し直したのだ。これからもお客さんの少ない日が続くかもしれない。でもあきらめずに頑張ろうと。(中略)ぼくらの生きていく場所はここにしかない。逃げ場所はどこにもない。そういう決意が固まったのだ。大東町での浜田さんの言葉が、みちのくプロレスの一つの大きな分岐点になったのである〉(ザ・グレート・サスケ著『サスケが翔ぶ』より)
みちのくプロレスは現在も存続。旗揚げの年の浜田の叱咤から、今年で32周年を迎える(※1996年3月からは浜田も正式に所属)。
“グラン”の本当の意味を筆者が知ったのも、この頃だったと記憶している。大学で受けたスペイン語の講義で、(そういえば、メキシコの公用語って、スペイン語だったよな)と、辞書を何気なくめくった時だった。
『【gran】=「偉大な」「素晴らしい」』
メキシコでの主戦場であるUWAの代表、フランシスコ・フローレス氏が、浜田のファイトを観て、直々に授けたリングネームだったとされる。
リングの巨人、グラン浜田さんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。