「イチローに代打」「投ゴロで2塁から生還」…公式戦でもなかなか見られない「オープン戦」で本当にあった“珍場面”や“珍記録”
イチローにまさかの「代打」が送られた納得の理由
オリックス時代のイチローが“天敵”登場の直後、代打を送られる珍場面が見られたのが、1998年3月25日の近鉄戦だ。
問題のシーンは7回無死、イチローが打席に入ると、近鉄・佐々木恭介監督は、左腕の西川慎一をリリーフに送った。
西川は、前年7月17日の同一カードでイチローの腰にぶつけ、「オアーッ!」と怒りの雄叫びを上げさせた憎っくき“天敵”。イチローは前日の近鉄戦でも、高村祐から右足首にぶつけられ、担架で運ばれて病院送りになったばかりとあって、「怒った?それで普通でしょ! 当てられたら痛いよ。(死球を)やってくるところ(近鉄)は一緒だし」と試合後も怒りが冷めやらなかった。
それから8ヵ月後、因縁の対決再現かと思われた矢先、オリックス・仰木彬監督は代打・福留宏紀を告げ、イチローを引っ込めてしまった。
新井宏昌総合コーチが指揮官に代わって「左投手が出てきたからね。だって、(開幕を前に)当てられたら、大変でしょ」と“当然の対応”を強調した。
当のイチローは「近鉄の内角攻め? 例年どおりのことだからね。今日は別にひどい球はなかったですよ」と涼しい顔だったが、仰木監督はシーズン開幕後もナーバスになり、5月7日の近鉄戦でも、9回2死一塁のイチローの打席で投手が西川に交代すると、代打・小川博文を送っている。
観客を沸かせた新庄の華麗な走塁
日本ハム・新庄剛志監督が現役時代のオープン戦で、投ゴロの間に二塁からホームインという驚異的な激走を披露したのが、日本ハム移籍1年目、2004年の3月6日のヤクルト戦だ。
1対0とリードした2回無死一塁、中前安打で出塁した新庄は、島田一輝の二ゴロで二塁に進み、高橋信二も四球で1死一、二塁とチャンスを広げた。
そして、次打者・金子誠のカウント2-2のとき、ベンチからのサインで新庄は重盗のスタートを切る。金子の打球は大きくバウンドする投ゴロとなり、直後、打球をグラブに収めたヤクルトの左腕・マウンスは、一塁に送球した。
この間に二塁走者の新庄は三塁まで進み、投ゴロになったことを確認すると、「アウトになってもいいかなと思って。セーフになって、(地元・札幌の)ファンが喜んでくれたらいいかな」と迷わず三塁を回る。そして、際どいタイミングながら、捕手・米野智人の後ろに回り込み、右手で本塁ベースをタッチ。中村稔球審の「セーフ!」のコールにスタンドは大喝采だった。
完全に意表を衝かれたマウンスは「あれはとにかくサプライズだ」と目を白黒。日本ハム・ヒルマン監督も「うまく読んで、思い切って走塁してくれた」と絶賛するなど、メジャー経験者も認める一級品のプレーだった。
さらに同年は、7月11日のオールスター第2戦の3回に球宴史上初の単独本盗を成功させ、MVPを獲得。3日前の前半最終戦、3打数3安打を記録した近鉄戦のお立ち台で宣言した「(球宴で)MVPを獲ります!」の公約を見事実現させている。
オープン戦では、阪神時代の1999年にも、3月5日の巨人戦と3月21日のダイエー戦に投手として登板し、巨人戦で最速143キロをマーク。日本ハム監督就任1年目の2022年3月2日のヤクルト戦では、07年3月10日の広島(ソフトバンク戦で2対1)以来15年ぶりのオープン戦1安打勝利(1対0)の珍事を実現させ、「楽しかったでしょ、今日。守りで勝つ、1安打で勝つ試合を(シーズンで)60試合くらいしたいね」と意気軒高だった。
2月4日に自身のインスタグラムで「2025年は更にビッグプレーを皆さんにお見せします」と公約した新庄監督だけに、オープン戦でもどんなサプライズを起こすか、目が離せない。
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