「なぜ、アイドルだったことを使わないんですか?」 “恩人”社長の言葉は「目からうろこでした」
スーツにヒール
そこで出会った社長が、たまたま私と同じ年でやり手の社長さんだったんです。最初の時、私はスーツを着て名刺を持って行ったんですが、その社長から「なんでそんな格好しているんですか?」と言われました。
私としては、失礼がないようにスーツを着て、ヒールも履いて行ったんですけど、社長は「誰もそれ望んでないでしょ」と。私が名前を隠してアイドル時代の経歴を一切載せずに、商品のコンセプトを説明していたことに疑問を持たれたようでした。「なぜ、アイドルだったことを使わないんですか?」と言われたんです。
私は、アイドルだったことを使う方が ずるいことだと思っていました。みんながコツコツと努力している中で、私だけがアイドルという肩書きを使って飛び越えていくのは嫌だなと思い、名前を出したくなかったんです。
でも、社長から「それ以外、何で勝負するんですか?」と言われました。私が正直に「アイドルだった自分を使うのはずるいと思っていた」と伝えると、社長は「それだったら、仕事をしたいと思う人はいないと思いますよ」と言ったんです。さらに、「そんなすごい武器を持っている人は、他にいないから自信を持って使うべき」と言われて、目からうろこでしたね。
そこからは自分がアイドルだったことを隠さなくなりました。
蒸しパンは商品化に至りませんでしたが、この時のご縁をきっかけに、その社長 の会社と一緒にレシピを作るようになりました。スイーツだけでなく美容や健康にこだわった食品関連の仕事もするようになっていったんです。
1週間限定で渋谷の東急フードショーでの催事の話がきた時には、オムライスを作って、その場でパックに詰めて販売しました。いわゆる、実演販売というもので、お客さんとも交流できて本当によかったです。その縁で、自分のカフェを持ったこともありました。
ほかにも、代官山のサラダ屋やbeauty oil kitchen(横浜そごう・池袋SEIBU)などをプロデュースしました。その後、「maqbon」というギルトフリーのお菓子ブランドをスタートさせ、今は、そこのお菓子を自分で1から全部作っています。実店舗は持たずに、デパートなどでのPOPUPショップで出店していて、私も店頭に立つこともあります。
30歳で仕事を辞めて、30~40代はお料理の仕事を自分なりに頑張ってきました。50歳のバースデーライブや今年1月のライブは、そんな自分へのご褒美かなと思っています。
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第4回【「あなたたち、挨拶できないの?」大物女優からまさかの一言…憧れの「夜ヒット」で「頭が真っ白に」】では、CoCoのデビュー当時を語っている。
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