伝説のグループ「CoCo」はなぜ、「解散」という形を選んだのか「大充実のアイドル人生」

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「やり切った」

 バラエティ番組で歌のコーナーもあったんですが、アイドルが出られる枠が1つくらいしかなかった。番組の収録にいっても、同期のアイドルとは会えないです。だから、私たちの世代は、80年代のアイドルのみなさんのように「楽屋で一緒だったよね」という共通体験がありません。

 ただ、「CoCo」としては、すごく恵まれた活動をさせてもらったなと思っています。デビューから解散まで、大充実のアイドル人生でした。コンサートをすごく大事にしてきて、冬のコンサートが終わったら春、夏と続いていき、東名阪を中心に、九州や北海道なども回り、いろんな場所に行けたことは本当にうれしかったですね。

 結成から5年後の1994年、「CoCo」は解散します。最年少メンバーだった大野幹代ちゃんはグループ結成時、14歳。その子が解散の時には20歳でした。80年代のアイドルが、20歳を超えたらアイドルを卒業してお姉さんになる姿を見てきたので、私たちもそれにならった形です。アイドルを卒業して、別の活動をすること が普通だと思っていたのです。

 解散の時はさみしいというよりも、「やり切った」という気持ちが大きかったですね。メンバー全員が、唯一こだわったのが「解散コンサートは絶対やりたい」でした。新しいメンバーを入れて若返らせて、グループは残すという意見もありました。

 でも、メンバーは「CoCoは私たちだけのグループだから、私たちで解散コンサートをして終わらせたい」と思っていたんです。たぶん、自分たちの意見を事務所に強く主張したのは最初で最後ですね、「解散コンサートをやらせてほしい」と。

 グループ解散後、私はタレントという形で活動していました。当時はアイドルがバラエティ番組に出ること自体、珍しい時代でした。バラエティ自体が下に見られていて、ファンの人になかなか受け入れてもらえなかった気がします。

 私がバラエティ番組で楽しそうにしていると、「どうして、バラエティなんかに出るのですか?」「アイドルはアイドルでいてほしい」という声が届きました。忙しく充実した日々を過ごしていたのですが、そうしたマイナスな言葉ばかりが耳に残ってしまうんです。

 ファンの気持ちもわかるし、私自身もアイドルが好きだったから、アイドルでいることの大切さは痛いほど理解していたんですね。次第にバラエティ番組に出ている自分に価値がないと感じてきて、精神的に辛くなってしまいました。

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