「イギリス人YOU」が80年前に祖父を救った日本軍人の墓参り 駆逐艦「雷」による知られざる「敵兵救助劇」とは

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声をからして「頑張れ!」と甲板上から連呼

 工藤はここで速力を徐々に減じながら、漂流者の最前方距離一八〇メートル手前で艦を停止する。「後進いっぱい」を下令、先任将校に改めて、「敵兵救助!」と命令した。

 これは、そうとうな決断であった。戦闘詳報には2月27日から3月1日にかけて、ジャワ海で「敵潜水艦合計7隻撃沈」の報告もなされている。それほど危険な海域なのである。

 工藤は、救命筏8個が浮遊し、その先頭に高級士官が乗っているのを確認した。さらに、筏を取り巻くように遭難者が頭だけ出してそれぞれ筏に掴まっていた。しかも、最前方の筏の上に、白服で大佐の肩章をつけた高級将校一人と、少佐が座っており、中佐の制服をつけた士官は重傷を負って横たわっていた。

 大佐は「エクゼター」艦長ゴードン大佐、重傷を負っている中佐はこの艦の副長であった(氏名不詳)。少佐は「エンカウンター」艦長モーガン少佐である。

 下士官兵の重傷者の中には浮遊木材にしがみつき、「雷」に最後の力を振り絞って泣きながら救助を求めていた。その形相は誠に哀れであったという。顔面は重油で真っ黒に汚れ、被服には血泥がべったりと張り付いていた。

「雷」の乗組員の胸を打ったのは次のような光景であった。

 浮遊木材にしがみついていた重傷者が、最後の力を振り絞って「雷」の舷側に泳ぎ着く光景であった。彼らはロープを握る力もないため、取りあえず「雷」の乗組員が支える竹竿を垂直に降ろし、これに抱きつかせて内火艇(発動機機付きボート)で救助しようとした。

 ところが、そのほとんどは竹竿に触れるや、安堵したのか、次々と力尽きて水面下に静かに沈んでいくのだった。

 日頃、艦内のいじめ役とされていた猛者下士官たちも涙声になり、声をからして、「頑張れ!」「頑張れ!」と甲板上から連呼するようになる。

 この光景を見かねて二番砲塔の斉藤光一等水兵(秋田県出身)が、独断で海中に飛び込み、立ち泳ぎをしながら重傷英兵の身体や腕にロープを巻き始めた。

 先任下士官が、「こら、命令違反だぞ!海中に飛び降りるな」と怒号を発したが、これに続いて二人がまた飛び込んだ。

「日本人というのは、野蛮で非人情な人種だと思っていた」

 艦橋からこの情景を見ていた工藤は決断した。

「先任将校!重傷者は、内火艇で艦尾左舷に誘導して、デリック(弾薬移送用クレーン)を使って網で後甲板に釣り上げろ!」

 もう、ここまで来れば敵も味方もなかった。まして海軍軍人というのは、敵と戦う以前に、日頃狭い艦内で昼夜大自然と戦っている。この思いから、国籍を越えた独特の友情が芽生えたのであろう。日本海軍を恐れていた英国将兵も、残った体力のすべてを出して「雷」乗員にすがった。

甲板上には負傷した英兵が横たわり、「雷」の乗組員の腕に抱かれて息を引きとる者もいた。一方、甲板上の英国将兵に早速水と食料が配られたが、ほとんどの者が水をがぶ飲みした。飲料水だけで合計4トンに及んだという。

フォール卿も、こう回想している。

「私は、当初、日本人というのは、野蛮で非人情、あたかもアッチラ部族かチンギス・ハーンのようだと思っていました。『雷』を発見した時、機銃掃射を受けていよいよ最期を迎えるかとさえ思っていました。ところが、『雷』の砲は一切自分たちに向けられず、救助艇が降ろされ、救助活動に入ったのです」

「間もなく、われわれ士官は、前甲板に集合を命じられた。また何をされるか、不安になりました」

「すると、キャプテン・シュンサク・クドウが、艦橋から降りて来てわれわれに、端正な挙手の敬礼をしました。われわれも遅ればせながら答礼をしました。

 キャプテン(艦長)は、流暢な英語でわれわれにこうスピーチされたのです」

 You had fought bravely.
 Now you are the guests of the Imperial Japanese Navy.
 I respect the English Navy, but your government is foolish to make war on Japan.

「諸官は勇敢に戦われた。今や諸官は、日本海軍の名誉あるゲストである。私は英国海軍を尊敬している。ところが、今回、貴国政府が日本に戦争を仕掛けたことは愚かなことである」

 ***

 もっとも、「雷」青年士官の中には「艦長は何を考えておられるのだ。俺たちは戦争をしに来ているんだ!」と不満を持つ者もいたそうだ。救助された捕虜たちが、オランダ海軍の病院船「オプテンノール」に引き渡されるまでの逸話や、英海軍士官が部下に、「日本海軍と交戦して万一撃沈されたら日本艦に向かって泳げ、きっと助けてくれる」と語っていた史実など、さらに詳しいエピソードは『敵兵を救助せよ!』(草思社)で読むことができる。

『敵兵を救助せよ!』(惠隆之介著、草思社)

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【著者の紹介】
惠隆之介(めぐみ・りゅうのすけ)
1954年、沖縄コザ市生まれ。78年、防衛大学校管理学専攻コースを卒業。78年、海上自衛隊幹部候補生学校(江田島)、世界一周遠洋航海を経て護衛艦隊勤務。82年退官(二等海尉)。琉球銀行勤務などを経て現在グロリア・ビジネススクール校長。著書に『誰も書かなかった沖縄』(PHP研究所刊)などがある。

デイリー新潮編集部

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