「一日中物探しをしていることがあり、その物が何なのかさえ忘れていることも」 少々のハンディキャップには驚かない、横尾忠則の“認知症人生”
区役所から自分でできる認知症の“気づきチェックリスト”が送られてきたので、興味本位にちょっと試してみました。
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認知症のチェック項目にあてはまるかどうか回答し、合計点数で判定するのです。その結果、20点以上の場合は、認知機能に支障がでている可能性があるという。そこで僕のチェック合計は29点でしたから立派な認知症であるということになるらしい。
もし、僕が病院のテストで、この成績を挙げれば、「あなたは立派な認知症です」と言われるに違いない。確かに数字の上では認知症らしいが、僕はこのぐらいのことで認知症だと思っていません。日常生活の中で、おかしなことが何度もありますが、誰でも老齢になるとこれぐらいのことは常識で別に異常とは思っていません。
一日中物探しをしていることがあり、その物が何なのかさえ忘れていることもあれば、そのうち、出てくるに違いないと諦めてしまうこともあります。5分前に聞いた話が思い出せないなんて昔からありました。ちゃんと聞いてないだけです。想い出せないわけではないのです。年を取ると同じことを度々繰り返して話すといいますが、周りの人から「いつも同じことを聞く」とは言われたことはありません。しかしエッセイなどで、ついこの間書いたことと同じことを書くことは、しょっちゅうあります。
だって、この間だって「運」について書いたばかりなのに、また「運」について書いてしまいました。これは意図的です。でもそっくりの文章じゃないので、「第2弾」だと思ってもらえばいいんじゃないですかと編集者のTさんに言われると、「じゃ、いいよね」となってしまいます。
今日が何月何日かわからないことなど、毎日あります。そんなこと知らなくても新聞を見ればわかるし、誰かに聞けばいい。こういうことは子供の頃からあったので、知らなくって当然と思っています。
また言おうとしている言葉がすぐ出てこないなんて日常茶飯事で、珍らしくも何んともない。忘れて当り前と思っているので全然気にしません。
一人で買物に行けるかどうか? 全く自信ないですね。だからほとんど買物などしません。もし買ったり、食べたりした時はポケットの中の紙幣や小銭をレジでバラ撒いて、この中から適当に取って頂戴と堂々と言います。小銭を数えるのが面倒臭いだけです。
また電車などの乗り物に乗ることは全くできません。切符の買い方など昔からわからないので、一人では乗り物には乗りません。だから心配はありません。
家の中を掃除機を使って掃除ができるかどうかは、先ず電気製品が全く扱えないので無理です。扇風機が壊れて電器屋に来てもらったら、何のことはない、コードがコンセントに入っていなかったり、髭剃りが作動しないと思ったら充電してなかったり、スマホは写真以外のメニューは何もできなかったり、とにかく機械に限らず、缶ジュースの缶が開けられない、電球が切れれば誰かが来ない限り真暗け。これらができないのは認知症のせいだとされれば、僕は幼年時代から慢性認知症です。
もっと極端に言うと認知症人生です。だから少々のハンディキャップには驚かないことにしています。もし絵の制作時に認知症に襲われたら、それはそれで面白い絵が描けるのではないでしょうか。
例えば絵の中にネズミを描こうと思ったら、どうしてもネズミの形が想い出せないで、とうとう靴を描いてしまった、ってことがあってもいいんじゃないでしょうか。わざわざシュルレアリスムみたいに無意識の産物を描くのにあれこれ考えなくてもいい。筆の先きからこぼれた形や色やイメージにまかせてしまえば、勝手にどんどんとんでもないアヴァンギャルドな芸術が生まれます。評論家はこの難解な作品に何んと批評するでしょうか。
認知症大歓迎です。認知症が未知の領域に運命を運んでくれます。でも困るのは周囲の人なんでしょうね。認知症の本人は、自分の行動が認知できないので、自由そのものです。とこんな風に認知症を評価したり、讃美したりすると、色んなところから苦情がでそうですが、僕自身がその症候群ですから、この程度は物忘れということにしています。
認知症という言葉があるから認知症になるんです。昔はこんな言葉がないのでせいぜいボケ老人といわれ、年を取ると誰もがボケる、それでよかったのです。それが認知症という病名にしてしまったので、僕程度でも病院に行って診断されると立派な認知症にさせられて、薬を与えられて、治療が始まりかねません。
一度、来週にでも病院に行って認知症テストを受けてみようと思います。医師は多分僕を認知症と認めてくれないでしょうね。なぜなら自分で志願してやってくる人に認知症はいません、と診断されるにきまっています。