飲み屋なのにビール、酎ハイ、冷酒ナシ! 知れば飲みたくなる「熱燗しか出さない」店のアツい理由

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ウイスキーから冷酒、そして熱燗へ

 水原氏がこうした思いを抱くようになった理由を説明するには、その過去に遡る必要がある。

 実は水原氏は、以前は東京・渋谷の百軒店でウイスキーやカクテルの店を経営していた。2011年の東日本大震災後の自粛ムードをきっかけに店を畳むと、同年、渋谷・円山町に小さなウイスキー専門店を開いた。当時は日本酒には全く興味がなかったという。

 きっかけは常連客が肝硬変で亡くなったことだった。この時、水原氏は「自分の飲ませ方に問題はなかったのか。もしかしたら自分があの方の寿命を縮める役割を果たしてしまったのかもしれない」と深く悩んだ。そして「酒は百薬の長というのに、なんでお酒好きな人が早く亡くなってしまうのだろう」と疑問を持ち、酒について調べ始めたそうだ。

 またその頃、友人の話をきっかけに、日本酒に興味を持つようになった。次第にのめり込んでいき、丹後国風土記の「天女が造る口噛み酒は一杯で万病に効く」といった一文などを目にするうちに「酒は百薬の長とは、日本人にとっては日本酒のことを言ってるのではないか」と考えるようになったという。

 そして店で日本酒しか出さないようにしてしまったのだ。ただし、この時は熱燗ではなく、冷酒。世間の“スタンダード”である冷酒に疑問を抱くことなど全くなかった。

 しかし、また頭を悩ませる出来事が。

「冷酒を出すようになったら、ウイスキーを出していた頃より、お客さんの酔い方が酷くなったんです」

 酔い潰れて吐く客、寝る客、暴れる客が明らかに増えたというのだ。なぜあんな悪い酔い方をするのか、日本酒も百薬の長ではないのか。原因を知るために図書館に通い人間の消化・吸収のメカニズムを調べるようになった。

 そしてある時、「アルコールは体温に近い温度で吸収される」という事実を知る。アルコールは肝臓でアセトアルデヒドという毒性物質に変換され、さらに酢酸に分解されることで無毒化されて排出される。処理しきれなかったアセトアルデヒドが血中に流れ、頭痛や吐き気、二日酔いの原因になる、という事実と合わせて考え、客が悪酔いした訳が理解できた。

「冷酒を飲む時は、すぐには吸収が始まらず、内臓で体温辺りまで温めてから吸収が始まるんです。だからすぐには酔わない。酔ってないからその間にどんどん飲んでしまい、内臓に溜まる。そして体温近くまで温まったところで、一気に吸収が始まります。すると、肝臓の処理能力を超えたアセトアルデヒドが血中に流れてしまう。これが悪酔いの原因になり、ひいては日本酒は苦手だと思う人を増やす要因になっていたんです」

 お酒は好きなのに、日本酒は苦手という人は結構いるのではないか。例えばある酒好き作家の元担当者によると、ウイスキーの水割りを好み、バーテンダーまでやっているその作家は「頭が痛くなる」と日本酒の差し入れを断ったという。水割りにしてチビチビ飲むウイスキーで悪酔いしたことはないが、冷やした日本酒を調子良く飲んでいるうちに悪酔いしてしまったことが何度かあり、「体質に合わない」と判断したとのことだった。

 最近の日本酒は冷酒向きに進化し、口当たりや味わいが良くなってクイクイ飲めることも“落とし穴”にもなっていたようだ。もちろん、飲み方や体質、体調の問題が大きいことは言うまでもないが、冷酒を体がどう吸収し、どう飲めば悪酔いを避けられるかという知識が広く共有されていないのは、日本酒にとって不幸な状態でもある。

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