香港はFF7の「ミッドガル」に似ている 古市憲寿が迷い込んだ“蜃気楼の街”
香港にいる。深センに行きたかったので、高速鉄道が発着する香港西九龍駅に隣接するホテルに泊まった。再開発でアートの街になった西九文化区に近いのもよかった。だが「隣接」や「近い」というのは地図という平面上の話だ。ホテルの部屋が何と108階だったのである。
ICCというビルの102階から118階がホテルなのだが、どこへ行くのにも遠い。まず部屋から103階に降り、そこから低層階行きのエレベーターに乗り換える。大変なのは忘れ物をした時だ。香港西九龍駅から高鉄に乗る前に、羽織るものがあった方がいいことに気が付いた。結局、部屋に帰って、駅に戻ってくるだけで30分ほどかかってしまった。いくら高速エレベーターとはいえ、何度も乗っていると時間のロスが気になる。ちなみに深センまで列車に乗っているのは約15分だが、出入国の手続きがあるので所要時間は合わせて1時間ほど。
悲惨だったのは、深センからの帰りだ。香港西九龍駅に着いたのは23時。昼間はショッピングモールを経由して駅まで行けたのだが、今はどうやら閉まっている。どう考えても近いはずなので外を通ってホテルへ向かうことにした。直線距離にして500メートルほどなのだから、それほど間違った選択だとは思わなかった。駅の外へ出ると、すぐにICCのビルも見えてきた。高さ484メートルなのだから見えて当然である。薄い霧が街を包んでいて、まるでSF映画に出てくる都市のようだ。
だがいつまでたってもホテルに着かない。ビル自体には近付けるのだが、どうやっても中に入る道が見つからないのである。地図アプリを開くと、徒歩で40分かかると書いてある。さすがにうそかと思ったが、そういえばホテルの玄関は9階にあった。
地上にはバス停もあって、そこそこ乗客はいるものの、そのバスはホテルには向かわない。完全に世界が分断されているのだ。子どもの頃に遊んだ「ファイナルファンタジー7」というゲームのミッドガルと呼ばれる都市を思い出した。完全な格差社会で、上層部に住めるのは一部のエリートだけという設定。確かに香港は少しミッドガルに似ている。
結局、ビルの真下にいるにもかかわらずUberを呼んだ。5分ほどかけて、ビル周辺の道を回りながら(遠回りされたわけではなく、それが最短ルートだった)、ようやくホテルの玄関に着いた。ドアマンが優しい表情で迎えてくれる。よく見ると車寄せには高級車ばかり。運転手を雇えるような人が泊まるホテルなのだろう。もちろん高層階は見晴らしがいいのだが、少し天気が悪くなると景色さえ見えなくなる。お金持ちも大変なんだと思った。
さて、今から西九文化区の「M+(エムプラス)」という現代美術館に行こうと思う。直線距離は数百メートル。108階の部屋からもよく見える。ほぼ真下と言っていい。さすがに徒歩で向かおうと思う。だが果たして開館時間内に着けるだろうか。